642 ジン=シャイターンの考察②/アブド、書類を見ながら

 ジンにはいくつか種類があるということが分かっており、ジンと接触した者の報告によれば、今回のジンは、ジン=シャイターンであることは間違いなかった。


 「その真なる姿は人に似たるも、いかなるジンより悪しき心で、この地に下りて人に寄り添う……か」

 「……?」

 「ジン=シャイターンの特徴を示したとされる、クルールではない別の地の先人の言葉だ。知らぬか?」

 「はい、初めて聞きました」

 「そうか。まあ、クルールの地は長い間、ジンの報告など聞いてなかったからな。あまりにも報告がなさすぎて、公爵の中でさえ、その存在を疑う者たちすらいるほどであったし」

 「そうですね」

 「ちなみにジンの中では中間くらいの強さらしい」

 「そうなんですか」

 「しかしこの国で一番強いのではと噂のウテナが、完膚なきまでにやられてしまったのだ。やはり、人間では太刀打ちできなかろう」

 「くっ……」

 「……もしかしたら、我々も、ただ知らないだけかもしれぬ。ジンはうまくこの世界に潜伏し続け、その正体が知れた者のみ、誰にも知られないところで、排除し、その生を欲しいままにしているのかもしれぬ」

 「……クソッ!」


 悔しそうに護衛がつぶやいた。


 「ジンさえ、いなければ……!」

 「ジンが、憎いか」

 「は、はい……!」

 「その強い思いは大事だ。もちろん、私も同じである。だからこそ、せめてジンの思うつぼになるような行動は、お互い、取るべきではないな」

 「はい!」

 「もうよいであろう。いけ」

 「はっ!」


 ――パタッ。


 護衛が一礼し、扉を閉めた。


 「……フゥ」


 アブドは一人になると、もといた椅子に座り、もたれながら少し息を吐いた。


 一人を相手にするのにも、なかなか体力を消耗するものだ。


 ……いや、大事なことだ。我が目的がための。


 アブドは横に積まれてある書類を手に取った。


 先まで手に取っていた、ジンに関するものやクサリクの書類までとは、違う。


 「……」


 アクス王国との、物資の取り引きが詳細に書かれていた。


 そこに記入されている物資のいくつかに、別で印がつけられているものがある。


 いわゆる、取り引きに不当性のあるもの。


 メロが苦労して他国から調達した物資などをアクス王国が吸い上げているという、現状。


 ……事を成せば、越えられるのだ、確実に。


 アブドは目を細めた。


 ……アクス王国がいまだかつて達成出来ぬ所業。すなわち、ジンの討伐。


 どうしようもない、国と国の力関係。


 それを、覆すことが、できるかもしれない。


 ジンの出現は、まさに国難といえる事態である。


 しかし、それはまた、このヤスリブの地で誰も達成することができないとされている、ジンの討伐が可能な絶好の機会でもある。


 ……いや、アクス王国だけではない。このヤスリブの大地で未だ人類が成し遂げられていない偉業、それがジンの討伐だ。


 その考えに至るときの、胸中に駆け巡る果てしない野心。


 ……そのために、必ずジンの息の根を止めねばならぬのだ。


 「……」


 アブドは各所に指示を出すため、筆を取った。

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