640 宮殿の一室にて/アブドと護衛の会話
メロ国の
丸テーブルの上に積まれたたくさんの書類は、もはや作業者以外、どこにどの書類があるのか分からないくらい乱雑なことになっていた。
アブドは、その山積みの書類に囲まれるようなかたちで、いくつかの書類に目を通し、いくつかの書類に筆を入れていた。
「……」
――コンコン……!
「入れ」
――ガチャッ。
「アブド公爵……!」
扉が開き、護衛が一人、入って来た。鎧と武器である槍を装備したままだ。
宮殿内では、通常では鎧や武器などは解くように言われているが、唯一、それが許されている場合があった。
すなわち、緊急事態時である。
「お一人ですか……?」
「ああ」
「ムスタファ公爵は?」
「現場だ」
「あっ、では公宮での件は……!」
「一歩遅かったようだな。ムスタファ直下の諜報員が先ほど、知らせに来た」
「そうでしたか、すみません遅かったですか……」
「いや、お主もなかなか早いほうだろう。諜報部隊は情報流通に特化しているだけの話だ。知らせご苦労」
「はい……」
護衛はそう言うと、うつむいた。
「……」
アブドはしばらく、護衛の次の言葉を待ってみた。
「……」
しかし、次の言葉が出てこない。
護衛は黙ったままだ。
「どうしたのだ?」
「……いえ、……」
「なにか他に、言いたいことがあるような顔に見えるが?」
「!」
アブドは護衛を見つめながら言うと、やがて護衛が口を開いた。
「……いえ、正直、まだ、受け入れられなくて……」
「国の住民が公宮を襲撃したことがか?」
「……はい」
「……ふむ」
「なぜ、同じ国の者たち同士で……!」
護衛の槍を持つ手が、少し震えている。
「こういう時こそ、皆で力を合わせて頑張る時ではないかと……!」
「フフ……」
こらえきれないといった様子で、アブドは苦笑した。
「な……」
「いや、すまんすまん。いやごもっとも、お主の言う通りだ」
「……」
「お主は立派だ。しかし、国民全員が、お主と同じ意見を持ってると思ったら、それは大間違いだ。小さな村ならともかく、ここまで規模の大きな国となってしまってはな」
「……だからこそ、歯がゆいのです」
護衛は自ら持つ槍の、先端を見つめた。
「この槍で、なぜ、国民を刺さなければならないのでしょうか」
「国を守るためだ」
「……」
――スッ。
アブドは立ち上がった。そして、なにか言いたげな表情の護衛を見つめた。
「……」
「……!」
護衛のほうが、背は高い。しかし、アブドの得も言われぬ圧に、護衛の顔は硬直した。
「……どうやら、言葉が足りなかったようだな」
「……」
「国を崩壊から守るためだ」
「!」
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