631 刃物男とマナト/巨木エリアの宿にて

 苦笑したまま、ジェラードが言葉を次ぐ。


 「マナト」

 「はい」

 「あれか?お前の前にいた世界ってヤツでは、こういうのがたくさんいたってことなんだろ?」

 「……そうですね」

 「なるほど。……じゃあ、ひとつ、聞きたい」

 「えっ?」

 「この男は、どうしたらいいんだ?」

 「どうしたら……」

 「お前の国では、こういうヤツが多かったんだろ?このままだとコイツは護衛に引き渡されることになる。周りを見てみろ」

 「……」


 周りには、人だかり。


 惨事にならずに終わったことに安堵する顔と、刃物を振り回した男へ向けられた恐怖と憎悪の顔が入り乱れて、自分たちを見守っていた。


 「……」


 自然、周りの視線が集中する、刃物を振り回していた男の顔に、視線がいった。


 「う……!くっ……!」


 男は、今は四つん這いになっていた。前のサロン対抗戦決勝トーナメントでなんとか身体を動かそうとしていた、ジェラードと対面した相手と同じ状態になっている。


 「ぐっ……!」


 なんとか、男は、顔を上げた。


 マナトと、目が合った。


 「……」

 「……」


 やがて、護衛がやって来た。


 ジェラードに礼を言い、護衛はすでに身動きができない男をさらに身動きのできないように縛って、連行していった。


     ※     ※     ※


 一度、円卓は解散となった。


 「サーシャさま、一度、自室にお戻りになりませんか?」


 皆が戻った後も残っていたサーシャに、召使い……ハディーシャは言った。


 「いいえ、ここでマナト達を待つわ」

 「そ、そうですか」

 「だって、上層階にいちいち戻るの、面倒じゃない?」

 「それは、そうですが……」


 ハディーシャは周りを見渡した。


 チラチラと、別の宿泊客からの視線を感じていた。


 この宿は、もとよりメロ共和国有数の高級宿。つまり、利用者は優待を受けるような境遇にある者たちばかり。


 ほとんどはサーシャの美貌に向けられた視線ではあるが、その中にはおそらく、別の視点で見ている者も、いるかもしれない。


 アクス王国王家の血を引く者の証となっている、陽光のようなまばゆい琥珀色の瞳。それを、怪しむ者が。


 「……」

 「ハディーシャ、先に戻ってて」


 手に持った紙きれになにか書き込む作業をしながら、サーシャは言った。


 「そ、それはできません」

 「あっ、そっか……そうだったわね」

 「……」


 この旅で、サーシャは、本当に、変わった。


 ここ最近は、自分がまるでアクス王国の王家の血を引く者であることすら忘れているようだった。


 「ごめんね、ハディーシャ」

 「!」

 「どうしても、マナトにこのことを伝えておく必要があるの」

 「……やはり、」


 ハディーシャは、言った。


 「サーシャさまと、マナトさまのいた、『前の世界』というのが、関係しているということでしょうか……?」


 サーシャが、小さくうなずいた。

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