630 刃物男

 「キャァァ!!」

 「危ない兄ちゃん!!」


 周りに歩いていた者たちが気づいて叫び声をあげた。


 ――バシュッッ!


 マナトのアメンボの初動の音が響き渡る。


 ――シュルルルル!


 「な、なんだ!?」

 「水流が……!」


 ……び、ビックリした!


 いきなりの凶行で面食らいながらも、マナトは回避し切り付けてきた男から離れつつ、水流の上を滑走した。


 「ま、マナト!?」

 「だ、大丈夫か!?」

 「大丈夫!」


 ミトとラクトに応えつつ、マナトは男の顔を見た。


 「……」


 男は刃物を振り上げたまま、硬直している。背丈は一般的な男性と同じで、メロの国ではよく見かける服を着ている。


 ――ギロ……。


 「う……!」


 マナトは戦慄した。


 伸びた前髪の奥にある男の瞳が、マナトを睨みつけた。


 ……あれ、通り魔だ……!


 「テメぇなにしやがる!!」

 「ちょっと待ってラクト!様子が変だ!」

 「なに!?」


 すでにダガーを抜いて刃物男に飛びかかろうとするラクトを、マナトは止めた。


 「……!」


 刃物男の身体が、小刻みに震えている。


 「やれやれ……いきなりは解せないねぇ」

 「!」


 ジェラードがゆっくりと、刃物男に近づいてゆく。


 「……しかし、マナトの今の瞬発力、お見事だねぇ。サロン対抗戦でレベル上がったかな?嬉しいねぇ」

 「くっ……うっ……!」


 ――やっぱり、動けないんだ!


 刃物男を見ながら、マナトは思った。


 ゆっくり近づいてくるジェラードに対して、刃物を振り上げたまま、ずっと男は止まっている。


 「う……ぅあああああああ!!」


 男が叫び声をあげた。


 ピクピク……と、ほんの少しだけ、刃物を持つ腕が動いた。


 ――パシッ。


 その腕を、ジェラードが掴んだ。


 「ぁ……!」

 「はい、没収だよねぇ」


 男が持っていた刃物を、なんの苦もなくジェラードは取ると、ぽんっと地面に置いた。


 「どうしてマナトを狙ったんだ?」


 男に、ジェラードが問いかける。


 「……」

 「どうした?口は動かせるだろう?さっきも大声張り上げていたじゃあないか」

 「……」


 男は答えない。


 「……やれやれ」


 ジェラードは困ったように首を横に振った。


 ――スタッ。


 ジェラードのすぐ後ろに、マナトは着地した。


 「マナト、コイツと面識は?」


 振り返り、ジェラードに問いかけられる。


 「いいえ、今がはじめましてです」

 「……ということは、ムハドの推測は、外れていたということになるか……」


 ジンがマナトの姿でこの国で危害を加えていることになると、ジェラードは思っているようだった。


 「若干、この男には口を割るまでイタい目を……」

 「あっ、いや、たぶん、違います」

 「んっ?」

 「これ、通り魔っていう類いの人だと思います」

 「通り魔?」

 「はい」


 ジェラードは少し考えるふうの表情を見せると、やがて言った。


 「なるほど。別に、相手は誰でもいいってヤツか」

 「そうですね。たまたま僕が遅れてて、襲いやすかったってだけかと」

 「あれか。なにか別に不満があって、みたいな……そんなところか」

 「まあ、そんなところかと」

 「……参ったなぁ」


 ジェラードは腕を組んだ。


 「そんな危険なヤツが生まれてるのか、この国に」

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