629 信頼と経験値/マナト、居住区エリアにて

 「マナトはいま外だ」


 ムハドがサーシャに応えた。


 「まあ、もうそろそろ戻ると思うが」

 「……」

 「ジンについて、思い当たることがあったようでな。もしかしたら大きな手掛かりになるかもしれない」

 「……外は危ないんじゃないの?」

 「ジンに化けられてしまってはいるようだが、ここまでの動きから、つなぎの姿とみてほぼ間違いないだろう。ジンはマナトで危害を加えるつもりはないということだ」

 「……なるほど」

 「それにマナトは一度、サロン対抗戦中に皆の前で血の確認をしてるからな。一時的ではあるが、疑いは晴れている状態だから、問題はないだろう。また、護衛らに関しては、アブド公爵の根回しも効いている」

 「……なるほど」

 「それにジェラードがついてるから、万一のことがあっても大丈夫だ」

 「……仲間を過信しすぎるのは、どうかしらね」

 「……」


 ムハドはすぐに返答せず、サーシャを見つめた。


 ……サーシャさまは、ムハドさんのことを思って言ってらっしゃる。


 ハディーシャは思った。


 ……岩石の村の護衛達のことが、頭をよぎっているのかしら……。


 「もちろん、なにかあったら、オレの責任だ」


 ムハドは言った。向かいで聞くサーシャの神妙な面持ちからは、なにを考えているのかハディーシャは分からなかった。


 「だが、ここまで数多あまたの戦いをともに過ごしてきた……その信頼関係も、あるんでな」

 「……分かったわ」


 ……そうですわね。ここにいるキャラバンさん達は、経験値の差が違いますものね。


 「でも、戻ってきたら、マナトにすぐ会わせてほしいわ」

 「分かった」


     ※     ※     ※


 巨木エリアを囲うかたちで外側に広がっている居住区エリア。


 大小さまざまな石造りの住居が雑多に連なっている。


 公宮のような一軒家は見られない。そのほぼすべてが、ひとつの建物に複数が住まう集合住宅。


 人が増えているせいか、増築跡のある住宅も多い。


 大通りのような華やかさというより、生活感とプロレタリアで溢れている。


 そんな居住区エリアの、一角に、ミト、ラクト、マナト、ユスフ、そしてジェラードの5人はいた。


 「こりゃもう無理やねぇ」

 「これは、無理だ……」

 「ここから探すのは、さすがに……」

 ユスフとミト、ラクトが言った。


 「ジェラードさん」

 マナトはジェラードのほうを向いた。


 「ふむ。そろそろ、戻るとするか」


 ジェラードは言うと、空を見上げた。


 夕日が落ちかけている。


 「とはいえ、意外と収穫は、あったな」

 「そうですね。あのガストっていう少年が有名だったのが大きかったですね」


 ジェラードは大通り側へ歩き始めた。それにミト、ラクト、ユスフが続く。


 「ちょ、ちょっとこのあたりの地図だけ……」


 マナトは持参した紙と筆で居住区エリアの地図を描いていた。


 するとジェラード達の前から、一人の男。うつむいて、手をポケットに突っ込んで、前を見てるのか見てないのか分からない様子で歩いている。


 男がジェラード達とすれ違った。


 「マナト~!」

 「う、うん!いま行く!」


 描き終えたマナトは歩き出した。


 「……」


 そして、マナトが男とすれ違うその瞬間、


 ――シュッッ!


 「えっ!?」


 男がマナトへ向かって、いきなり刃物で切り付けてきた。

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