625 廊下にて/護衛とのやり取り

 ――カチャッ。


 サーシャは自室の扉を開けた。


 「ハディーシャ、ちょっと、いきましょう」

 「は、はい!」


 外の廊下へ。


 「……」


 サーシャは廊下を見渡した。


 廊下には深緑の絨毯が敷かれており、また、一定の間隔で彫刻の置物が設置されている。


 そして、その奥には、鎧を着た護衛が、一人。


 サーシャは、もともと泊まっていた二階の個室から、最上階にある個室に移動させられていた。


 そしてそこは、下の階層より、明らかに豪華。


 サーシャ自身は個室を移動するなど必要ないことと拒んだが、ホテルの宿主がどうしてもと引き下がらなかった。


 どうやら、アブドという公爵、そして、今回のクライアントの一人である、ムスタファ公爵の根回しが働いてるらしく、宿主もそうせざるを得なくなったようだった。


 察したサーシャは一転して承諾した。


 ――ザッ……。


 サーシャとハディーシャが近づいてくると、護衛が動いて廊下の真ん中に立った。


 ……重たい鎧に、身体が引きずられていない。


 鉄の鎧はとにかく思い。岩石の村での護衛たちなら、おそらく鎧の重さに耐えられず、戦うことすら困難だろう。


 つまり、いま目の前にいる護衛は、なかなか屈強なようだ。


 銀色の鎧に、兜もフルフェイス。ホテル内にいながら、腰には長剣と短剣……まるで戦場にいるかのような装備をしている。


 「サーシャ様ですね。どちらへ?」


 護衛が問いかける。穏やかな男性の声。ただ、表情は兜のため分からない。


 「下へ」


 短くサーシャが答える。


 「そうですか……」


 護衛は少し無言になると、やがて、言った。


 「別に私が、あなたを止める権利というものはありませんが……あまり、おすすめはしません。……実は、下でジンが出現したという噂が……」

 「知ってるわ」


 皆まで聞かず、サーシャは言葉を遮るように言った。


 「……ふぅ」


 兜で表情は分からないが、少しため息をしたことは分かった。


 すると、護衛が改めて言った。声には、穏やかさが、なくなっていた。


 「サーシャ様、お分かりかと思いますが……あなたは、あなただけの身体ではないんです」

 「……」

 「公爵から、聞いております。あなたはアクス王国の王家、メネシス家の血筋であると。アクス王国とメロは、それなりに良好な関係にありますが、あなたになにかある事で、国家間の問題になるやもしれないのですよ」

 「……ぷフフ」


 サーシャは堪えきれずに、噴き出した。


 「な、なにがおかしいのですか……!」

 「いえ……ごめんなさい。少々、記憶が戻ったせいで、自分の立場がおもしろくて……」

 「は、はぁ……」

 「あなた、家族は?」


 護衛に、いきなりサーシャは尋ねた。


 「わ、私ですか……?」

 「そう」

 「父と母と、……それから、妻と、子と」

 「そう……」


 サーシャは少し目を細め、穏やかに言った。


 「いまあなたの言った家族……私なんかより、あなたのほうが大事でしょう?」

 「あっ」

 「私も同じ。大事な人たちを守るために、私は下へ降りるのよ」

 「えっ……」

 「いきましょう、ハディーシャ」

 「はい、サーシャさま」


 固まっている護衛の横を、通り過ぎる。


 自分の身が国家間に影響……そういった扱いには、慣れているし、仕方ないという割り切りも、持っている。


 ……かといって、ここでじっとしているわけには、いかないわ。


 「サーシャさま、どちらへいきましょうか?」

 「……そうね、とりあえず、ムハド隊長のところへ。いくつか確認したいことが」

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