624 サーシャと、召使い・ハディーシャ

 「……」


 サーシャは顔を上げ、召し使い……ハディーシャを見つめた。


 清潔感のある、召し使いの着用する黒と白の、アラビア風の割烹着を身につけて、両手は慎ましやかに前で重ねてある。


 顔は小さく……というより、身体が少し大きめというほうが正しいが、それでも、端正で、凛とした目鼻立ち。


 後ろで束ねている髪をほどけば、召し使いというよりも、一人の女性として、魅力は十分にある。


 しかし、このヤスリブにおいて、召し使いとしての人生を余儀なくされたのであろう……自らが一人の女性としてなど、そんなことは、自分とはほど遠いことといわんばかりの、その仕草。


 ……そう、彼女にも、別の人生が、あるはず。


 ハディーシャを見つめ、サーシャは思った。


 かつての地球での、記憶。


 あの頃の、己が人生。


 海上での、事故。


 そして、死因。


 サーシャは、なにもかもを思い出していた。


 そして、思い出したことによる、現在の、サーシャ自身の状況。また、自らの身体の、前世との違い。


 客観的な、視点。


 改めて考える、自らの境遇。


 また、関わりを持っている、彼女たちの、境遇。もちろん、護衛たちも。


 いま、自分が、やるべきこと。


 「……ですが、サーシャさま」


 ハディーシャの言葉が響いて、サーシャはいつの間にか遠くを見ていた視線をハディーシャに戻した。


 ハディーシャの顔が、少し曇っている。


 「サーシャさま、それとは別に、ひとつ、お願いがあるのですが……」


 ハディーシャに、サーシャは次の言葉を促すようにうなずいた。


 「サロン対抗戦決勝トーナメントでの、最終戦……あえて、止めはしなかったのですが」

 「……」

 「本心は、やはり、ステージに上がってほしくなかったのでございます」

 「……分かってるわ」


 サーシャは言った。


 「あのウテナってコ、想像以上に強かったわね」

 「そ、そんなことでは、ございません……!」


 ハディーシャの顔は、まるで母親のような表情になっていた。


 「サーシャさまが傷つくかもしれないというだけでも、私は耐えられないのでございます」

 「……」

 「サーシャさま、この後はあのような無茶だけは、おやめになってくださいませ……」

 「大丈夫よ、ハディーシャ」

 「えっ!」


 名前を呼ばれて驚いたのか、それまでの感情も一瞬、飛んだようにハディーシャは目を丸くした。


 「私は、ハディーシャ……あなたよりも強いもの」

 「そ、それは」

 「メネシス家の血なんでしょうね。今なら、ハッキリと分かる。……まあ、その時にならなければ、一生、気がつかずに、その血を腐らせていたのでしょうけど。今回の遠征でよく分かったの」


 サーシャは言うと、立ち上がった。


 そして、ハディーシャの身体を、優しく、抱きしめた。


 「今まで、ありがとう。……あなたは、私より幸せになる権利があるわ」

 「!?」


 サーシャはハディーシャから離れると、個室の扉へと歩み寄った。


 「……それじゃ、ちょっと、状況を確認しにいきましょう」

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