マナの兵器

623 サーシャ、巨木エリアの宿の自室にて

 巨木エリアにある、現在、ムハド商隊やハウラ商隊が宿泊している高級宿。


 「……」


 ――サラッ……。


 個室にある姿鏡を前に、サーシャは頬に貼っていた傷当ての布をはがした。


 「あぁ、よかった。傷の跡はついていないようですわ……」


 後ろで心配そうに見守っていた召使いが、サーシャの頬を鏡越しで確認すると、安堵の表情で言った。


 「……ウフフ。……そんなに心配しなくても、大丈夫」


 サーシャ振り向き、微笑みながら召使いに言った。


 「そ、そうはいきませんわ!サーシャさまに万一のことがあったら……!」

 「ええ、分かってる。……でも、そんなに柔な身体じゃないから」


 サロン対抗戦、決勝トーナメントの最終戦。


 ウテナに向けたダガーを、横から思いきり殴るという荒業。ダガーの刃を根っこから折られた。そしてその刃が不幸にもサーシャをかすめ飛び、頬から流血。


 結果として、サーシャは敗北、ウテナの勝利となった。


 しかし、それによってついた傷は、非常に浅い。


 それでも、召使いは過剰と思われるほどに、治療を施してくれた。


 「……やっぱり、私、」


 サーシャは笑顔でありながらも、少し困り顔に、召使いに、問いかけた。


 「岩石の村を出ないほうがよかったのかしら……?」

 「……!」


 一瞬、召使いは硬直したが、すぐにブンブンと首を横に振った。


 「それは、思いません。……実際、そういう村の者たちは、数多くいるのはたしかではございますが……」

 「……」


 メネシス家。


 クルール地方における、いわば王族。拠点となる国はアクス王国となっている。


 王族ということで、サーシャは過剰なほどの保護を受けていた。


 「本来なら、せめて、もっと護衛のついている中でなければ……」

 「……」


 護衛は村へと帰還させていた。


 いま思えば、酷なことをしてしまったのかもしれない。


 村に帰還したときの、彼らの処遇まで考慮する余裕が、あの決断したときにはなかった。後に気づき、護衛らの帰還による罪は、すべて不問にするようにという書簡を送った。今日くらいまでには、村へ書簡が届いてればいいのだが。


 もしかしたら、自分を守れなったとして罪に問われ、ひどい扱いを受けているかもしれない。


 自らの責任を、いまになってサーシャは感じていた。


 「……」

 「……でも、それでも、サーシャさま」


 いつの間にかうつむいていたサーシャに向かって、召使いが口を開き、言った。


 「私は……勝手な意見ではありますが……村から出て、本当によかったと思っております」

 「……」

 「今まで見たこともないような、サーシャさまの姿を見れました」

 「……」

 「いろんなものに興味を示されるご様子や、微笑む顔……ラクトさんに頬を膨らませるお姿も、……キャラバンの村で、祈りを捧げられるお姿も、すべて、村から出て、……やはり冒険というものなのでしょう、そういったものをしなければ、お目にかかれないものだったと、思います」

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