621 ガストと清掃員の男②

 「チッ!あのヤロウ迂回しやがったか!」

 「公宮に侵入しようとした罪、許さねぇ!」


 小柄な清掃員の男の言葉を聞いた護衛たちは、すぐにトイレから出て走っていった。


 「もう、大丈夫ですよ。護衛の皆さんは遠くへ行ってしまったようです」


 こうしてガストは難を逃れた。


 その後も所々で護衛に追いかけられはしたものの、2人で機転をかせてやり過ごしながら、巨木エリアを抜けたのだった。


 「あっ、そうだ」


 歩き出そうとしたガストは振り向き、清掃員の男に言った。


 「分かってると思うけど、護衛らに問い詰められても、俺のことは知らないって言っておけよ。俺と知り合いとか思われたら、マジで何されるか分からねえからな」

 「なにか悪いことでもしたんですか?」

 「ふん。ああ、そうだよ」

 「なにをしようとしたんですか?」

 「……」


 ガストは清掃員の男の顔を見据えた。


 「……」


 清掃員の男は、無言で、ガストの返事を待っている様子だった。


 汚れた手で拭ったのであろう、服についている黒いすすが右頬についている。


 まさにどこにでもいる清掃員でありながら、しかしその顔をよく見てみると、もしかするとガストよりも若いのではないかというほどの童顔をしていた。


 また、その大きな瞳は、一瞬、女の子ではないかと思うほどに、中性な顔をしている。


 先ほど巨木エリアにて、迷わず男子トイレに駆け込んだあたり、男なのは間違いないのだろうが、ボーイッシュな女の子と言われても頷けた。


 「お前、いくつ……」


 ガストは言いかけたが、やめた。


 ……いや、いろいろ、あるんだろう。


 「なにをしようとしたか、だったな」

 「……」

 「公宮に忍び込んで、鍼灸用の針を盗もうとした」

 「えっ、鍼灸用の針を……?」

 「驚くことはねえだろ。お前だって被害者だろ」

 「被害者……」

 「あの公爵とかいうヤツら、自分たちだけ痛い思いをしたくないからって、鍼灸用の針をしこたま手元に置きやがって」

 「……」

 「痛いんだよ!辛いんだよ!嫌なんだよ!なんでオレの家の中央には包丁が置いてあるんだよ!」

 「……」

 「分かってる!それはジンのせいだ!ジンがこの国に出現したからだ!」

 「……」

 「だけど、いざというときに、出るんだよな、人間ってのは。なんつ~か、そういう自己中心的な、いのちがよ。俺はジンは許せねえが、それ以上に、己心に走る人間のほうが大嫌いだ!許せねえ!」


 ガストはここまで話すと、ふぅ~と息を吐いた。


 「わりぃ、わりぃ、ついカッとなっちまったぜ」

 「あぁ、いや……」

 「まあ、そういうことだ。俺は諦めねえ。じゃあな、清掃員さん」


 ガストは駆け足で大通りの人混みの中に入っていった。


 ……とりあえず今日の拠点に戻るとするか。そのために……。


 ガストは思いつつ、とある建物の近くにあるごみ樽まで足を運んだ。そこには、ボロボロになった衣服がまとめて捨てられていた。


 ゴミをあさる人間は、大通りでは少なくない。ガストを気にするような人間は、いなかった。


 「……よし」


 一番マシな、穴の開いていないフード付きの外套をはたき、身につけた。


 ……若干、大きいか。


 思いつつも、フードを被り、顔を見えないようにしつつ、再び人混みの中に、ガストは入っていった。

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