620 ガストと清掃員の男①

 「じぇ、ジェラード、さん……?」


 マナトはつぶやくように呼びかけ、ジェラードが眺めているほうを見た。


 「あっ」


 巨木と巨木の間から、一人の美しい女性が横切って歩いていた。森林浴に来ているのか、物珍しそうに頭上や巨木の幹に目をやりながら、ゆっくり通り過ぎた。


 「……」


 ――タッ……!


 ジェラードが、女性の歩いていったほうへ駆け出した。


 「えっ!?ジェラードさん!?」

 「どこいくの!?」

 「そ、そっちは仮設トイレじゃ……!」

 「適当やなぁ」


 4人は口々に言いながらも、ジェラードを追いかけた。


     ※     ※     ※


 巨木エリアと大通りの市街地へと繋がる道の手前あたりまで、ガストと清掃員の男はやって来ていた。


 「……」


 巨木の影に隠れながら、ガストは道をそっと見た。


 ここまでやって来ると、人の到来は多くなっている。


 「……よし」


 ガストは、隣で後ろを警戒している、背の小さな清掃員の男を見た。


 「おい、お前、ここまで来れば大丈夫だぜ」

 「あっ、ハイ」

 「一緒に動くのは、ここまでだ。あの人混みに紛れてしまえば、もう、大丈夫だろう」

 「えっ、それじゃあ、ガストさんはどうするんですか?」

 「俺のことは大丈夫だ。助けてくれてありがとう。次、出会うことがあったら、礼をするぜ」


 今より、少し前。


 とある公爵の公宮に、ガストは仲間数人と共に、忍び込もうとしていた。


 しかし、公宮内の警備は、強化されていた。


 少しくらい、護衛の人間が多くなっていたことは分かっていたが、ガストが考えていたよりも多い護衛が公宮にいたのだ。


 裏側の壁をよじ登ろうとしているところを、すぐに見つかってしまった。


 拡散するように、散り散りに逃げた。


 その中で、ガストは自分にヘイトが向くように、仲間らよりも、わざとやや遅いスピードで逃げた。


 やがて、自分を集中して護衛たちは追いかけてくるようになってきた。


 足には自信があった。仲間内でも、誰よりも速かった。


 しかし、護衛たちは執念を持って追いかけてきた。


 やがて、巨木エリアへ。


 しかし運が悪く、巨木エリアを巡回していた護衛隊にも見つかってしまった。その中には、馬に乗っていた者もいた。


 さすがに馬に乗った護衛に追いかけられては、追いつかれてしまう。


 ガストの頬に冷や汗が流れたときだった。


 《こっち!こっちへ!》


 小さな清掃員の男に出会った。


 男は時おり、護衛達の死角にうまく隠れながら、ガストに、こっちに走るように、あっちに走るようにと指示を出してきた。


 男に導かれるままに走った。


 すると、先日、キャラバンらが盛り上がっていた、ガスト達も途中から観戦した、キャラバンサロン対抗戦のある巨大テントが見えてきた。


 男は、その巨大テントの近くに設けられていた仮設トイレの中に入るように指示を出してきた。


 ……いやこれじゃ袋のネズミじゃねえか!?


 ガストは一瞬思った。


 ……いや、信じるしかねえ!


 男を信じ、ガストは仮設トイレに飛び込んだ。


 仮設トイレは砂式で、各トイレの頭上には砂が流れるための樽が置かれている。


 その樽の一つが、使用したせいであろう、砂がなくなっていた。そしてそこは、人間一人がギリギリ入れるだけの空間となっていた。


 ガストはそこに隠れた。


 すぐに護衛たちもその仮説トイレにやって来た。


 「な、なんですか、あなた達は?」


 その清掃員の男が、護衛たちに立ちはだかった。


 「……そ、それなら、あっちのほうに」

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