608 ガスト、通りを抜けながら/ラクト、ミトとマナトの部屋にて

 いつも子供らの遊び場となっている、住宅間にできた空き地を通り抜ける。


 「……」


 やはり、そこには、誰もいない。


 ガストは角を曲がった。


 前はこのあたりで、護衛2人とすれ違った。


 いまは、その通りには、誰もいない。


 「……フッ」


 《お兄ちゃんのこと、みんな話してて……》


 家から外へ出る際の、妹の言葉を思い出し、少し笑った。


 ここ最近の憂さ晴らしでやったことだ。ジンの影響で、護衛たちがイライラして横柄な態度になっているのに対して、水をぶっかけてやるつもりでやったにすぎない。


 ……分かっている。護衛たちがああなってるのも、ジンのせいなのだ。……そして、自分の母親が、おかしくなってしまったのも、すべて、ジンのせいだ。


 さらに、角を曲がる。


 「……」


 やがて、ウテナが住んでいた集合住宅が、見えてきた。


 「……」


 ガストは立ち止まった。


 ここで、ガストは、見てしまっていた。


 《血の確認をさせてください》


 ウテナの住居の扉の前に立つ、包丁を持ったガストの母親。


 《血しぶきが、今度は、自らの身に振りかかってくるかもしれないのよ!!》


 包丁を前へ突き出しながら、狂ったように叫び声をあげる、自らの母親を、ガストは住居の影から眺めていた。


 ウテナがジンに化けて護衛たちを襲ったとき、護衛隊長の肩にボウガンの矢が食い込む瞬間を、母親は間近で見てしまっていた。


 そこから、母親は、だんだんとおかしくなっていった。


 いつ、どこから、ジンが襲いかかってくるか分からないという、恐怖。


 それに、完全に支配されている。


 最近、母親は、昼になるとどこかへ消えた。


 どこに行っているのかは、知らない。興味も、ない。


 自分が止めようとしたところでどうしようもないことを、ガスト自身、よく分かっていた。


 ……ジンが、ゆるせない。


 だが、それ以上に、


 ……ジンに振り回され、心を乱され、それによって判断力が狂って、結果、周りを苦しめているヤツらが、もっと、ゆるせない。


 「……」


 ガストはウテナの住居を通りすぎ、大通り沿い、いつもの集合場所に向けて走り去っていった。


     ※     ※     ※


 ――コン、コン、ギィィ……。


 「ミト~マナト~」


 扉を開けて、ラクトが部屋に入ってきた。


 「やあ、ラクト」


 ミトが応える。ミトは寝台の角に座って、ダガーを研磨していた。


 「おう……んっ?」


 ラクトは寝台の上で、うつぶせ状態になっているマナトを見た。


 「おいおい、まだ寝てんのか?」

 「なんか、昨日、遅くまで起きてたみたいなんだよね」

 「あっそ。……てか、まだちょっと、慣れないなぁ、ここ」


 部屋を見渡しながら、ラクトは言った。


 ムハド商隊は宿泊先を移動していた。


 国賓や貴族など、メロの国の重要人物を招いて宿泊させるための、巨木エリアにある高級宿に、昨夜から泊まっているのだった。

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