607 幼な顔の男と亭主/ガスト、家にて

 「ガスト……」


 男は首をかしげた。


 「……ちょっと、分からないですね」

 「そう?結構、有名だと思うけど……」

 「そう、ですか……」

 「いやてかさ、」


 キャラバンの若者が口を開いた。


 「別に、アイツらのやってることって、いわゆるにぎやかしのようなもんなんだよな」

 「まあね」

 「割と好意的に受け入れられてることのほうが多いと思うぜ。前もほら、ジンに対して叫んでたんだろ?お前を許さねえとか、どうとか」

 「あぁ、らしいわね」

 「まあ、護衛たちの身になってみれば、アイツらほどめんどくせえのはいないと思うけどな、ははは」


 キャラバンの若者は笑うと、続けて言った。


 「今回も、みんなの鬱憤うっぷんを晴らしたようなかたちになったんじゃねえかな?」

 「そうね」


 途中まで言った看板娘もうなずいた。


 「へぇ、そうなんですね……」


 ――トン。


 「……えっ?」


 幼な顔の男の前に、料理の盛られたお皿が置かれた。


 「あの、すみません、亭主。これ、頼んでないんですけど……」

 「サービスだ」

 「えっ」

 「私たちもそうだが、君も、ジンの影響で安定した収入が保証されない身となってしまったようだからな」


 亭主は後ろを向いて調理道具を動かしながら、話し続けた。


 「でも、それだけじゃない。まだまだ君は、成長途中だ」

 「あ……」

 「お腹がいっぱいになれば、少しは将来を楽観的に考えられるはずだ」

 「あぁ……」

 「どういった境遇かは、あえて聞かないよ。今は、たくさん食べなさい」

 「ありがとうございます」


 男は亭主に礼を言った。


 その光景を見ていた看板娘とキャラバンの若者は、嬉しそうに微笑んでいた。


     ※     ※     ※


 「……」


 自宅の、自分の部屋で寝転がって、ガストは灰色の石の天井を眺めていた。


 「……行くか」


 むくっと、ガストは起き上がった。


 「……」


 ふと、ガストは包帯の巻かれた右腕を見た。傷はもう、ふさがっている。


 ……最近、血をよく見るようになったような気がする。


 ガストは思った。


 立ち上がり、包丁の置いてある、隣の部屋へ。


 「……」


 ――カタ……。


 ガストはテーブルの上に置いている包丁を手に取った。


 「……」


 包丁の、銀色の光が反射して、ガストの顔を照らす。


 そしてガストは、反射して映っている自分の顔を見た。


 ――カタッ。


 包丁を、テーブルの上に戻した。


 「お兄ちゃん……?」


 ガストの妹が自室から出てきた。


 「また、行くの?」

 「おう」

 「……」

 「なんだよ、無言で。止めるために出て来たんじゃないのかよ」

 「……うん」


 妹が、言った。


 「さっきね、ちょっと外に出てみたの。そしたら、お兄ちゃんのこと、みんな話してて」

 「へぇ」

 「みんないろんなこと言ってたけど、夜の不安が少なかったって、近所の人、言ってた」

 「……別に、みんなのためにやったわけじゃねえんだけどなぁ」

 「……包丁、持ってかないの?」

 「ああ」


 ガストは玄関に向かった。


 「俺には必要ない」


 ――カチャッ。


 そして玄関を開けて、ガストはさっさと家を出た。


 「いってらっしゃい……」


 妹の声。後ろから微かに聞こえた。


 いつもの場所へ、ガストは歩を進める。


 今日やることは、もう、決まっている。


 ……公宮に忍び込んで、鍼灸用の針を、盗み出す。

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