606 昨夜に起こった珍騒動

 「……フフ」


 話の途中で吹き出したキャラバンの若者につられるように、看板娘も少し微笑んだ。


 「ど、どうしたんですか……?」


 2人の表情を見て首をかしげながら、清掃着で幼な顔の男は、キャラバンの若者に尋ねた。


 「なにが起きたのか、知ってるんですか?」

 「昨日の夜……ちょうど、キャラバンサロン大会の、対抗戦が終わった頃だ。巨木エリアの厩舎きゅうしゃにいた馬が一匹、盗み出されてな」

 「ありゃ」

 「そして、その馬が突然、夜の、閑散とし始めようとしていた大通りに現れたんだよ」

 「それでね、」


 キャラバンの若者に続いて、看板娘も口を開いた。


 「その馬がしばらくの間、豪快に暴れまわっちゃったのよ」

 「あっ、だからあんなに散らかって……」

 「そう」

 「えっ、で、でも、馬が暴れるといったって、……僕が手伝った大通りの一角は、もう、しっちゃかめっちゃかでしたが」

 「……そ、それがね、その馬の、上にはね、大通りで血の確認のしてた、その、……ぷフフフ」


 看板娘はこらえきれずに、笑ってしまった。


 「えっ?」

 「つまりな、」


 キャラバンの若者が引き取って言った。


 「その馬の背に、大通りで血の確認をしていた護衛が乗せられてたんだよ。縄でバッチリ固定されてよ」

 「えっ!?縄で固定!?」

 「馬は背中にいる護衛を振り払いたくて仕方なくて、ものすごい勢いで暴れ回ったんだ。だけど振り払えない。どんどん馬は動きが激しくなって、あげくの果てに飛び上がり出して、そのたび護衛がぐわんぐわんって……はははは!」

 「あははは!」


 キャラバンの若者と看板娘の笑い声が、酒屋に響いた。


 「ちょ、ちょっと、思い出しちゃったじゃないのよ!わたし現場にいたんだから……クふふふ!」

 「俺も。いやマジで傑作だったな~。もう、こんなこんなで……!」

 「あははは!」


 キャラバンの若者が席に座ったまま、その時の再現をはじめた。


 「あぅ……!あぁん……!」


 白目になって、両手を後ろにし、頭を激しく上下に振って、身体もはげしく揺らしている。


 「お前、それ昨夜の!」

 「がははは!似てるじゃねえか!」


 すると、まわりの連中も笑い出した。


 「おいおい、もうやめろよ」


 亭主は言うと、後ろを向いて料理を始めた。だが、亭主の肩は小刻み震えている。明らかに笑っている。


 唯一、話を聞いていた幼な顔の男だけが、唖然としてその光景を眺めていた。


 「はぁ~!でも、ちょっとスッキリしちゃったのよね~!」

 「あぁ、分かるぜ。その気持ち」

 「えっ、どういうことですか?」


 満足そうに言う2人に向かって、理解できていない様子で男が聞いた。


 「えっ、知らない?その背中に乗せられてた護衛、あんまり評判がよくないっていうかなんていうか……」

 「ハッキリ言って、嫌われてるんだよな。変に疑い深くて、前にやったってたてついたら、暴力振るうし」

 「そうなんですか……でも、誰がそんなこと……?」


 どちらかというと引き気味な様子で、幼な顔の男は料理を口に運びつつ、言った。


 「ガストって知ってる?ここいらで悪さしている不良くんたちなんだけど」

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