599 サーシャ、ステージを降りて/巨木エリアの厩舎(きゅうしゃ)にて

 ステージ下手側。


 「……」

 「サーシャさまぁぁあああ……!!」


 階段を降りてきたサーシャにいち早く、召し使いが抱きつかんばかりに駆け寄ると、サーシャの切れた頬の手当てをはじめた。


 「サーシャさん、すごい戦いでした……!」

 「いや~、お疲れお疲れ!」


 ステージ下で出迎えた、ミトとケントがそれぞれ言った。


 「でも、惜しかったですね……!」

 「いや、けはしたが、サーシャがこんなに強いとは思わなかったぜ。最後のも、ほぼ事故のようなもんだったし」

 「……いいえ、」


 つぶやくように、サーシャはケントに言った。


 「あのコ、一瞬だけ、私よりも、なにかが上回っていたわ……」


 ステージ上に、サーシャは視線を注ぐ。


 見ると、ウテナが、サロンの仲間みんなに抱えられ、胴上げがはじまっていた。


 ウテナが宙を舞う。


 「サーシャ……」


 ミトの隣にいる、ラクトがつぶやく。


 「……」


 サーシャは振り向きラクトを見つめた。


 「……」

 「……す……」

 「……え?」


 サーシャを見つめ返しているラクトが、急に前のめりになって、サーシャに近づいた。


 顔が、近い。


 「え……」


 サーシャの頬が、赤く染まり始めた。


 「す……すっ……!」

 「え……え……」


 ラクトが、力いっぱいに言った。


 「すっっっごかっったぞ!!サーシャ!!」

 「え……」

 「やっぱり、お前……めっちゃつええな!!」

 「……」

 「あぁ!なんか、戦い見てたら、俺また、血が沸くっつうかなんつうかさぁ……!!」


 そしてググッと、ラクトが興奮した様子で両腕に力を入れている。


 「……ウフフっ」


 興奮しているラクトを見たサーシャが、微笑んだ。


 「サーシャさま!」

 「お姉さま~!!」


 遠巻きで戦いを見守っていたシュミットとニナが駆け寄ってきた。


 そしてマナトも2人とともにやって来て、水壷から水をコップに汲んで、サーシャに差し出した。


 「お疲れさまでした、サーシャさん。水、飲みます?」

 「……えぇ、いただくわ」


     ※     ※     ※


 巨木エリアには、ラクダ舎のほかにも、馬を飼育する厩舎きゅうしゃがある。


 その厩舎の門の両端には、小さな火の灯ったマナのランプが備えつけられている。


 「……ふぁ~」


 厩舎きゅうしゃの門番をしている男が、退屈そうにあくびをしている。


 サロン対抗戦をやっている場所をはじめ、人通りの多い舗装された通りには、常に灯りが周りを明るく照らしているが、基本的に夜の巨木エリアは、その巨木で空から降り注ぐ星の瞬きは下まで届かず、真っ暗だった。


 マナのランプやたいまつを灯さないと、暗くて人の顔も判別するのが困難なほどに、暗い。


 「お疲れさまで~す」


 あくびをしていた厩舎の門番の男のもとへ、数人の、小さく火の灯ったたいまつを持った男たちが、やって来た。


 「交代で~す」

 「おう。……えっ、もう?」


 男が首をかしげ、男たちに言った。


 「早くない?」

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