597 いま、心に宿すもの

 ……つ、強い。


 ウテナの瞳に、サーシャが映る。


 その美しくも、一切の容赦を許さない、その琥珀色の瞳。


 その強さは、肉体的なものでもあり、また、精神的なもののようでもある。


 なにか、背負った者が持っている、深い覚悟のある瞳だ。


 《あなたの弱い心が……!!》


 ……分かってるわよ。


 ウテナの頭に、サーシャの言葉が反復して響き続ける。


 ……私は、弱い。……私は、ジンに、負けた。……そして、なにもかもをぐちゃぐちゃにされた。


 「……」

 「ウテナぁぁあああ!!!」


 ルナの叫び声。


 ――ガッッ!


 ダガーに、なにかが当たった。


 「!」


 サーシャの目が見開く。


 「け、蹴りでダガーを……!」


 閃光のような、ウテナの振り上げた左足。ダガーの刃を側面から突いていた。


 「まだ、ダメ……!」

 「……」


 サーシャがダガーを引いて少し下がった。


 「おぉ!!」

 「相手が引いたわ、ウテナ!!」

 「ナイス!!」


 押され気味だった形勢を、一瞬、ウテナが逆転させたのを、ステージ上手のフェン達が気づいて声援をおくる。


 「あぁ!おしい!」

 「いまの、いけたと思ったのに!」

 「サーシャさまぁぁあああ!!」


 ステージ下手も、どんちゃん騒ぎしている。


 「はぁ……はぁ……」


 ウテナの息は、あがってきていた。


 サーシャの圧し続けるプレッシャーが、並のそれでない。


 ……まだ、ダメ。……まだ、負けた訳じゃない。


 しかし、ウテナの瞳の奥。


 「……光が、消えてない」

 サーシャがつぶやく。


 その瞳に、ヤスリブボタルのような光が灯る。


 《その相手が、清らかな心の持ち主だろうが、また逆に、邪しまな性格だろうが、どんなに罪を重ねていようが、そんなことは、ここにいる妖精たちにとっては、まったく問題ではない》


 あの砂漠での、馬車の運転手の言葉。


 そこにあった、救い。


 《嬢ちゃんが、これまでしてきたことも、されてきたことも、だ》


 ……そして、いまの私の中にある、感情。


 ウテナは足を下げ、サーシャを見据えた。


 「……あなたのことは嫌いだけど、」

 「……」

 「感謝してる」

 「!」

 「……だって、こんなに負けたくないって思ったの、はじめてだから!!」


 ――タァン!!


 ウテナが跳んだ。


 ――ヒュッッ!!


 そして、飛び込みざま、ウテナの右拳のナックルダスターの唸り声をあげる。


 「……」


 ヒラリとサーシャの金色の髪とドレスが揺れる。


 ――タッ。


 しかし次の瞬間には、サーシャの足はステージの隅の石柱を叩いた。


 「!」

 「ったぁぁ!!」


 それを予測していたかのように、ウテナが切り返してサーシャを追いかけていた。


 「ぁあああ!!!」


 そのままウテナがさらに加速して突っ込む。


 ――ドッッッッ!!!!


 ウテナの一撃。


 ――ッゴォォオオオオ!!!!


 石柱は破壊され、勢いよく地面に打ちつけた。

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