595 ムハドの心情

 ……悪しき、心。


 ウームーの書簡から考えても、ウテナはおそらく、自ら命を断つつもりだったのは、間違いなかった。


 今は包帯でぐるぐる巻きにしているが、天廊の奥の間で助けた時に見た、あの左腕のリストカットの痛々しい痕が、彼女の心の闇の染まり具合を物語っていた。


 しかし、それを、ラクトが止めた。


 ……おそらく、その時なにかあったのだろう。


 「……」

 「……マナト、俺は、」


 すると、ムハドが口を開いた。


 「他人の六つの生命の扉が見える。たしかにこの力は、商売において役に立つときも大いにある。友の中には、俺の能力を羨ましいというヤツも、いるにはいるんだが……」


 ムハドはステージの先の、どこか遠いところを見つめるような目で、言った。


 「……実際は、そんなものなんか、見えないほうがよかったと、思うことばかりだ」

 「……なんとなく、分かる気がします」

 「今回も、な」

 「あぁ……はい」


 ……なるほど。


 ラクトとウテナの件については、俺は、これ以上は深く関わらない……そう、ムハドは暗に言っているようだ。


 「しかし、サーシャが、なぁ……」

 「……」


 マナトはステージ上でゆっくりと歩みを進める、ダガーを持ったサーシャを見た。


 ……サーシャさんは、イヴン公爵長との出会い、また、自らつくりあげた絵画をきっかけに、前世の、地球での記憶が戻っている。だから、おそらく、なにもかも……。


 「アイツ、お前と同じ世界からの者なんだろ?」


 ムハドに言われ、マナトはうなずいた。


 「……参ったなぁ」

 「いや、サーシャさんの場合、ウテナさんと一緒にいたのが、ラクトでなければ、こんなことには……」

 「だよなぁ……」


 ――タッ!


 ステージ上、サーシャが跳躍。


 「!」


 ……来る!


 ――シュッッ!


 ダガーの一閃。


 ――タタッタタッ……!


 ウテナがステップを踏み、サーシャの描く銀色の残像を回避した。


 「あなた……」

 「!」


 ダガーを振り上げると同時に、サーシャが口を開いた。


 「どうしてラクトのことを殺そうって、思ったの……?」

 「な……!!」


 ウテナがダガーを振り上げたところを狙って、サーシャのふところに飛び込む。


 「……なにも、知らないクセに!!」

 「知ってるわよ……!!」


 ――シュッッ!!


 サーシャがダガーを振り下ろす。


 ……速い!!


 ――タッッ!


 一瞬で、自らの拳が間に合わないと判断したウテナは地面を蹴って、横向きに跳躍、上からのダガーを回避。


 ――タタッタタッ……!


 そのまま細かく速く……一瞬で、足の跡が小さな円を描きだした。


 「ぅるああああ!!!!」


 ……なにが知ってるのよ!!あなたに分かるわけないじゃない!!


 ――シュッッ!


 サーシャの背後をとったウテナが、ダガーのような風を切るほどの勢いのある右拳を放った。

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