591 ウテナ、戦いの中で

 ――ヒュゥゥ!


 風を切る音が、ヒビの入ったステージ上で響き渡る。


 「……」

 「……」


 ウテナとサーシャのめまぐるしい動きに、周りの観衆はもはや声をなくしている。


 「いけ!!ウテナ!!」

 「サーシャさまぁぁあああ!!」


 それとは対照的に、ステージの上手と下手の声は際立って、巨大テント内にこだましていた。


 ……なかなかすき、見せないじゃない。


 少しでも打ち込めるタイミングがあるならと、ウテナは右拳に力を溜めている。


 「……」


 しかし、サーシャはちょっとやそっとのフェイントは通用せず、ダガーを取りにいく動きも、一度しか見せていない。


 かなりの、警戒心。


 だが、ダガーを失ってからは、サーシャは目立った攻撃はなく、ウテナからの攻撃をひたすら回避するかたちになっている。


 ……形勢としては、こちらが有利!


 ――タァン!


 ウテナは石柱を足場にして、跳躍。


 石柱から、石柱へ。


 ――スタッッ。


 「お、おい、石柱から石柱に飛び移ったぞ、ウテナのヤツ……」

 「ああ……」


 観客は感動を通り越して、もはや無表情だ。


 ――ザッ。


 「……」


 サーシャが立ち止まり、そんなウテナを視線で追う。


 「……」


 その睨みつけてくる陽の光のような瞳には、微塵みじんのあたたかさも感じない。


 最初見たときは、着ている服といい、その美しい容姿や瞳の色といい、また、その立ち振る舞いといい、やたらとどこか高貴さが漂っているところ、どこかの国のお姫さまだと思っていた。


 ……そして、ラクトをたぶらかしたんでしょ!


 心の中でウテナは怒鳴る。


 ムラムラと、メラメラと、内側から獄炎のように広がってゆく。


 それは、これまでウテナが経験したことのない、なにか……。


 「……」


 そこに、気づかされた。


 この、金髪なびく、サーシャという女を前にして、はじめて起こる生命の働き。


 ただ、そんな中でも、


 ……ただ、どうやら単なるお姫さまってわけじゃ、ないみたいね。


 ウテナの中にある、もう一面の自分が冷静に分析する。


 獄炎のような燃え盛る光と、ヤスリブボタルのような優しい光が、ウテナの中に共存していた。


 どうしてラクト達と一緒にいるのか分からないが、その強さには、ウテナは正直に驚いていた。


 何度か打ち込んだが、かわされてしまった。


 ……だけど、そのうち疲れて……、


 ウテナが思ったとき、


 「!」


 ――ザッッ!


 サーシャが跳躍した。


 しびれを切らしたか、そのまま駆け、ダガーに向かっている。


 ――タァン!


 ウテナも跳躍。


 ……ダガーを取る瞬間の、手薄になるところを狙って、打ち込む!!


 「……」

 「……!?」


 たしかにサーシャはダガーに向かっている。が、その挙動に一瞬の違和感をウテナは感じた。


 「私は……」


 ダガーに届くよりも手前で、サーシャがつぶやく。


 ――グッッ……。


 そして、一瞬、駆ける速度が落ちる。


 ……こ、これは!?!?


 ウテナが考える一瞬の間もない、次の瞬間、


 「あなたを、許さないから……!!」


 ――タァンッ!


 サーシャが再び、先よりも強い踏み込みで跳躍。


 ダガーを飛び越え、


 「こちらに向かって……!!」


 ――ブンッッ!!


 ウテナに向かって、サーシャが左拳を放った。

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