590 ウテナを変えたもの

 「ウフフ……」


 ハウラが微笑み、言った。


 「……まるで、あの方のような、目の光、してはりますねぇ」

 「んっ?」

 「……いや、やっぱりちょっと、ちゃいますわ。……なんかこう、アブドはんの目の光は、理想に燃えている男の、無邪気な光が強いんですわ」

 「……」

 「あの方のような、現実に根を下ろしている、据わりきった、冷酷な目とは違う。ただ、方向性が一緒なだけで……」

 「あの方、とは?」

 「ウチらの、トップどす。名前は、……言えないことになっとるんで、ご容赦ください。でも、ウチは、アブドはんのような目の光のような男のほうが、好きなんですわ」

 「……フッ。その男より、私のほうが魅力的なのだろう?それなら、ここで言ったとて……」

 「それだけは、あきません」

 「……ふん、まあ、いいだろう」


 アブドは視線をステージに戻す。


 ウテナとサーシャが目まぐるしくステージ上を駆け巡る。お互い、有利な立ち位置を探り合っているようだ。


 ただし、サーシャがダガーを拾いにいこうとすると、必ずウテナがそのすきを突こうとするムーブに入るため、サーシャはダガーを取れない状況であった。


 ……とはいえ、意外と早く、立ち直ったな。


 アブドの視線は、ウテナを捉えていた。


 動きに一切の容赦がない。


 ……あのメネシス家の末裔の娘が仕掛けたダガーの反射も、まったく効かなかったようだ。


 分かる者には分かるようなことを、サーシャはやっていた。


 先のナジームサロンメンバーとの戦いにおいて、刃物の反射におくするといったウテナの弱点を、サーシャは見抜いていた。


 そしていま、そっくりそのまま仕掛けた。


 にも関わらず、ウテナはまったく動揺することがなくなっていたのだ。


 ……おそらく先の戦いの最後あたりで吹っ切れたのだろうが、なにが原因しているのだ?


 アブドは思いながら、ステージで動き回るウテナを見つめる。


 ――スタッ。


 オベリスクの側面に、一瞬ウテナが着地する。


 「……」


 そのウテナの表情は険しく、その赤茶色の瞳からは、ぜったいに負けたくないという激しい意思を感じさせる。


 ――タァンッッ!


 強くオベリスクを蹴り、ウテナが相手に仕掛ける。


 「……」


 ひるがえって、アブドは対戦相手のサーシャを見た。


 ――タッッタッッ……!


 ウテナからの攻撃を、華麗なステップで避け続けている。


 「……」


 ウテナの激しい感情を伺わせる瞳とは違い、サーシャのその琥珀色の瞳は、その色とは対照的に、ウテナを冷酷に刺すような光を放っている。


 「……フハハ!!」


 いきなりアブドは笑い出した。


 「!?」

 「アブドはん……?」

 「あぁ、いや、失礼……」


 ……そういうことか。


 アブドは改めて、ウテナを見た。


 ……皮肉なことだ。彼女をよみがえらせたのは、他人を思いやる心でも、愛ゆえの生命の喜びでもない。


 「おりゃぁぁあああ!!」


 ウテナがサーシャに殴りかかる。


 ……人間にとって、最も見苦しい生命のはたらき……すなわち、嫉妬しっとねたみ。彼女自身がずっと受け続けてきたその心に、彼女自身が気づいてしまったということだな。……実に皮肉なものだ。

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