589 アブド、興奮

 「ほんま、こんなすごいもんが見れるとは、思わんかったなぁ……」


 ハウラが口を開いた。


 「クルール地方の民に、あの血が混ざってる者がおるとは……」

 「ハウラさま、それ、どういうことですか?」


 気になったようで、ユスフが質問した。


 「あの人種はたしか、クルール地方にはいない、戦人という人種や。体内の血の巡りが通常の人間よりも速い人種っていうのがおって……まあ、とにかく強い」

 「戦人……」

 「たぶん、あんたが先に戦った男の子も、その血筋の者やと思うで」

 「あぁ……」


 ユスフが、納得したようにつぶやいた。


 「やから、あんなに強かったんか……」


 ――タッッ!


 ステージ上、サーシャが跳躍した。


 「金髪女が動きよった……!」


 サーシャの先には、地面に突き刺さっているダガーが。


 ――タッッ!


 「させるわけないでしょ!!」

 「!」


 サーシャに合わせて、ウテナも動いている。


 「黒髪女が右拳に力入れとるで……!」

 「ダガー回収するときにできる、一瞬のスキ狙っとる……!」

 「ダガーに手を伸ばせば、その虚をついて一撃を叩き込める流れや……!」


 ――キュッッ!


 「金髪女が止まった……!?」


 ウテナからの被弾は避けられないと判断したか、サーシャは急停止して身体を別の方向に向けた。


 「諦めたんか……いや!?」


 ――タァン!


 そして次の瞬間、サーシャは素早い動きで、ダガーに向かうウテナの後ろにまわり込んでゆく。


 「くっ……!」


 ――ザザッ……!


 ウテナはダガーにたどり着く前に立ち止まり、サーシャを目線で追いつつ距離を取る。


 「それにしても、あの金髪女、マジでよう分かっとるなぁ……!」


 ほとほと関心した様子で、ユスフは言った。


 「常に視界から消えようとしよる……しかも速い。相手にするとマジで厄介なやつや……」

 「黒髪嬢ちゃん、ほんまはあのダガー、蹴り飛ばしたかったんやろうけどなぁ……」


 ハウラも、ユスフに付け足すかたちで言うと、ユスフを見た。


 「ユスフ、どっちが勝つと思う?」

 「ぜんぜん、分からんですが……ダガーを持ってたら、金髪女、持ってなかったら、黒髪女とちゃいますかね?」

 「なるほどなぁ」

 「……ハウラ殿」


 ステージ上で戦う、異常に強い乙女2人に視線を向けつつも、アブドは言った。


 「ジン討伐に向けて、どうやらこちらは、すばらしい人材を用意できそうだ……!」

 「……それは、つまり、」


 ハウラがアブドのほうを向いた。


 「あのステージ上の2人も、……ここまでで戦いを繰り広げてきた猛者もさたちも、これからの戦線に加わってくれるということやね?」

 「当然だ。昨夜、ムハドくんらを混じえて言ったことに、偽りはない」

 「それは心強い」

 「ここまで来た以上、言うのも野暮かもしれないが……改めて、言っておこう」


 アブドはステージに視線を注いだまま、言葉を次いだ。


 「私は、本気だ。本気で、ジンを殺そうと思っているのだ……!!」

 「……」

 「これまで、このヤスリブに生きる人間が、誰も踏み込むことのできなかった領域に、これから人類は踏み出すのだ……!!」

 「……」


 アブドの目は、爛々としていた。


 

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