583 オルハン、後輩たちに向かって

 前置きするように言うと、オルハンは続けた。


 「他のジンがどうかは知らねえが、いま潜伏しているジンは、人間に危害は加えてくるが、いまのところ、殺しは一人もしていないらしい」

 「殺しは、しない……?」

 「えっ、でも護衛たちが被害に……!」

 「殺されたって聞きましたけど……!」


 仲間たちは言ったが、オルハンは首を振った。


 「殺されたというのは、噂が噂を呼んでいるうちに出てきたガセだ。実際は、その護衛隊長は死んでねえ。あと、俺とウテナもな」

 「マジか……」

 「俺たちが戦ったときも、ジンは言っていた。殺しませんよってな。もちろん、その時は信用なんてしなかったが」

 「そうだったんすか……」

 「まあ、あくまでうちのリーダーの意見だがな」

 「で、でも、それが本当なら……!」

 「ただ、それは、自分で手を下さないというだけだ」

 「えっ、それってどういう……?」

 「……ジンにとって、人間を殺すことなんざ、造作もないんだろう。だから逆に、そんなことはしない。ジン=シャイターンにとっては、価値のないことに過ぎない」

 「……」

 「お前ら、ジンによって、このメロにもたらされたものは、なんだと思う?」

 「もたらされたもの……」

 「……」

 「……」


 皆、沈黙した。


 そこまで時間を待たずに、オルハンは再び口を開いた。


 「……フッ、安心しろ。俺も分からなかった。……ジンによってもたらされたもの……それは人間同士の不信と、分断だ」

 「人間同士の……」

 「そう。そして、これからこの国では……人間が、人間を信じることができなくなっていく……隣人同士で傷つけ合い、やがて、殺し合いがはじまるだろうと、フェンは言っていた。……てかすでにもう、それは始まってしまっているんだ」


 ――グッ。


 オルハンが、両手の拳を握りしめた。


 「その最初であり最たる対象が、ウテナだった……!」

 「……」


 家を飛び出して大通りへ向かう時に見た、ウテナの家をガストは思い出した。


 子供も大人も寄ってたかって、落書きをし、石やゴミを投げた痕。


 あの時に思ったことと、いまは違った。あまりにひどく、恐ろしい光景だったのだと。


 「これから、第二、第三のウテナが出てくることは、間違いない。そして、その光景を、ジンはただ、近くで見ているんだろう。誰かに化けてな……」

 「見ているって……!」

 「なんすかそれ……!」


 仲間たちの眉間に、しわが寄った。


 「それで、俺たちがどれだけ……!!」


 ……どこまで人間を愚弄すれば……!!


 ガストは憤怒のあまりに、身体が震えた。


 「落ち着け、お前ら」


 オルハンは冷静に続けた。


 「ウテナは、その対象でありながら、死ななかった。本人自身、かなり精神的にやられはしたようだし、フェンいわく、政的にもかなり危うい状態だったみたいだがな」


 オルハンが、一人ひとりに視線を注ぐ。


 「お前ら、これから、どんなに辛いことがあっても、決して、自分を見失うな……!心を強く持っていろ……!」

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