581 ルナの手/オルハン、医療テントにて

 ルナがマナトの手をおさえたまま、少し慌てた表情で言う。


 「その、紙は2枚あって、1枚はジンに関してなんですけど、もう1枚は、なんていうか、その……!」

 「……」


 ……手の指が!?


 自分の手に優しく触れながら、話すルナの両手を見て、マナトは衝撃を受けた。


 さっき手紙を渡された時は分からなかったが、マナトの手と重なったことで、自分の指との比較で一目瞭然となっていることがある。


 明らかに、ルナの手の指一本一本が細い。


 マナトの指よりひと回りもふた回りも細く、その分、皮と骨だけになり、その指は、骨張って見えた。


 ……手の指が細くなるなんて、よっぽどのことなんじゃないのか!?


 「……あっ」


 と、視界から、ルナの手の指が消える。


 ルナが両手を引いていた。白装束の袖の中に、手が隠れる。


 ……やっぱりルナさん、マナを取り込めずに苦しんで……。


 「……」

 「……」


 マナトはルナを見つめた。


 ルナが少しうつむく。


 どうやら、マナトがいま感じた思いを汲み取ってしまったようだった。


 一瞬、時が止まったように、沈黙。


 「……まだまだなんです」


 ルナがうつむいたまま、言った。


 「マナトさんが、前の世界で受けていた苦しみに比べれば……」

 「!」

 「私、十の生命の扉を見ながら、なんとなく思ったんです。……マナを取り込めることのできた人って、マナトさんのように、苦しみに堪え忍んで、強くなった人間なんじゃないかって」

 「ルナさん……」

 「でも私、ぜったい、負けません……!」


 ルナが顔を上げた。


 「だって、私、恋をしていますから……!」

 「!」

 「サロン対抗戦の決勝、現在一対一ですね」


 ルナが少し目を細める。ここまでの表情と違い、今度は強気な視線となって、マナトを見据えていた。


 「すみません、勝つのは、私たちですから……!」

 「……」

 「それじゃ、ごめんなさい、ちょっと、他にも用があって……!」


 ルナは一礼すると、マナトの横を通りすぎ、走り去っていった。


 「……」


 それをマナトは、無言で、神妙な面持ちで見送った。


     ※     ※     ※


 先にマナト達が入ったトイレのあるテントの場所には、他にもテントが設けられていて、その中には医療用のものもあった。


 その中のひとつ。


 「……んで、俺がみっともなく負けるざまを、お前ら見てたってわけだなぁ?」


 医療テント内、オルハンが寝台の上に横になりながら、つまらなそうな面持ちで言った。


 「チッ、カッコわりいとこに限って、いやがって」


 周りには、ガストとその仲間たち。


 医療班がオルハンを運ぶ際、ついてきてしまっていたのだ。


 「いや、運が悪かっただけっすよ!」

 「そうっすそうっす!」

 「クソッ!ぜったい勝ってたのに!あの時……、」


 仲間の一人が悔しさを滲ませて言う。


 「最後のあの時、オルハン先輩が逆の方向を向いて斬り込んでいれば……!」

 「んっ?あぁ、お前ら、見えてなかったのか」


 オルハンが仲間に言った。


 「あの時、俺の角度からは見えてたんだよ、マナトの姿が」

 「えっ!?」

 「薄い水の膜が、鏡の役割を果たしていたんだよ」

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