580 ルナ、マナトへ

 ただでさえマナトで視線が向いていた矢先、ルナの登場でさらに、視線がどんどん集まってくる。


 「あれ、ムスタファ公爵の令嬢じゃ……」

 「と、さっき決勝で戦ってたターバンの……」

 「どういうこと……!?」

 「し、知り合い……!?」


 マナト達のように決勝の最後の戦いを見るために足早にテントに戻ろうとキャラバン達ですら、足を止めている。


 「はぁ……はぁ……」


 ルナは少しうつむきがちに、自分の波打つ胸元に手をやった。呼吸を整えている。


 「……ふぅ」


 白装束に身を包んで、黄色いクーフィーヤを被っていているが、走っていたせいでクーフィーヤが少しずれ、茶色い髪がはみ出していた。


 「だ、大丈夫ですか……?」


 ……うわぁ、ちょっと、気まずいなぁ……。


 マナトはルナに声をかけつつも、ちょっと、ばつの悪さを感じた。


 現在、サロン対抗戦の決勝の真っ只中……よりによってルナの属するサロンと、戦いを繰り広げている。


 その上、マナトは第一回戦でオルハンを倒してしまった張本人。


 さらに戦いの中で、オルハンが皆の前でやったのが、ルナへの公開告白。


 なんという、勇気……あの時、マナトはオルハンのことを尊敬していた。


 そして、ルナへの思いがどうこうというよりも、公開告白までして自らを鼓舞して全力で向かってくるオルハンに対して、中途半端な態度ではよくないと、マナトは思い直した。


 勝つにしろ負けるにしろ、全力。


 戦いの途中からは、スポーツでいうところのゾーンに入っていたのだろう。ただただ、無我だった。


 そして結果……相手を、オルハンを倒してしまった。


 なんとなく、公開告白によって、オルハンのその先のルナへも、自尊心を傷つけてしまったのではないかと、密かにマナトは危惧していた。


 自分がこれまでの人生で負け続けたせいか、勝っても、負けた側のほうばかり、気になってしまう。


 ……あれ!?ミトがいない!?……あっ!


 いつの間にか、ミトはその場を離れて、ささやく観衆に混じっている。


 「すみません……もう、大丈夫です」


 ルナが少しうつむいたまま、口を開いた。


 「あっ、はい。えっと……そのぉぉぉ……」

 「あの、どうしても、直接伝えたくて……」


 ルナが顔を上げた。


 眉目形みめかたち麗しく、気品のある容姿でありながら、その潤んだ、青くキラキラと反射している湖のような瞳からは強い光。


 まっすぐ、マナトを見つめていた。


 「勝利、おめでとうございます」

 「!」


 ルナの口から出た言葉に、マナトは固くなっていた表情が少しやわらいだ。


 「あっ、あの、ありがとうございます!」


 しかし次の瞬間、マナトとは対照的に、ルナは少し、不機嫌そうな顔をした。


 「……やっぱり、ぜんぜん、分かってないんですね、マナトさん」

 「えっ?」


 ……いま、とてもいい顔してたのに!?


 「……でも、そこがいいのかも」

 「えっ」

 「なんでもありません。……あと、」


 ルナは白装束のポケットに手を入れた。


 「これ、受け取ってくれますか……?」


 丁寧に丸められ、青と黄色のチェック柄のリボンで結ばれた紙を、マナトの前へ差し出した。


 「手紙、ですか」

 「はい。ジンに関するものです」

 「!」

 「父に伝えている内容なのですが、マナトさんも把握されていたほうがいいと思って」

 「わ、分かりました!」

 「あっ!待って!」


 すぐにその場でリボンをほどこうとしたマナトの手を、ルナの両手が覆った。


 「あの……他にも書いてるっていうか、できれば、最初は一人で読んでほしかったりして……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る