579 マナトと清掃員の会話

 「それにしても、いつからメロの国へ?」


 マナトは清掃員に聞いた。


 「割と最近ですよ。西のサライでの任期が終わったので」

 「任期、ですか」

 「はい。知らないですか?サライでの従業は、一定期間働いたら、必ず、交代者が来るようになっているんです」


 清掃員が言葉を次ぐ。


 「寝る以外はなにがしかで動いてるし、寝ていたとしても、なにかあれば起きて対応しなければなりませんし」


 ……たしかに、サライの従業員って、言ってみれば泊まり込みのホテルマンのようなものかぁ。


 「サライは堅固けんごなので、陸をゆく獰猛種は問題ないのですが、ワイルドグリフィンなどといった空からの獰猛種による襲撃には、やはり、武器を出してきて戦わないといけませんし」


 ……そっかぁ、護衛もやらないとなんだ。


 「結果、長時間労働になることが多いんですよね、ははは」

 「長時間労働……うっ、頭が……」

 「……ど、どうされました?大丈夫ですか?」


 心配そうに、下を向いたマナトの顔を、清掃員が覗き込んだ。


 「あっ、いや、すみませんなんでもないです。あはは……」


 マナトは苦笑しつつ、加えて質問した。


 「でも、なんでまた、このメロの国に?」

 「あの西のサライはメロ共和国の管轄なんです。基本的にクルール地方にあるサライはアクス王国の管轄下なんですけどね。まあ、古巣に戻ってきたといったところです」

 「あぁ、なるほど」

 「でも、次の任期まで期間が空いてるので、さすがに働かないと」

 「それで、ここで清掃を」

 「はい」


 すると、清掃員は止まっていた手を動かし始めた。


 ――サァァァ……。


 砂の流れる音。


 ……サライで働くの、大変なんだ。でも、そりゃそうだよなぁ。


 マナトは、だんだんと、感謝の念が沸いてきた。


 ――スッ。


 「えっ……?」


 清掃員の手がまた止まった。呆気に取られた表情で、自らに向けて合掌したマナトを、見つめ返した。


 「今さらですけど、あの時は泊めていただいて、ありがとうございました」


 礼を言い、合掌したまま頭を下げた。


 「……」


 マナトの隣では、ミトがニコニコ顔でそのやり取りを見守っていた。


 やがて、ミトが笑顔で言った。


 「マナト、そろそろ戻らないと」

 「あっ、そうだね!それじゃ……」

 「マナトさん」


 トイレを出ようとしたマナトに、清掃員が声をかけた。


 「あっ、はい!覚えててくれたんですね」

 「さっき、実は清掃の関係でテント内に入ってて、マナトさんの戦う姿、見ていました。また強くなられたみたいで……勝利、おめでとうございます」

 「あぁ、見られていたんですね!ありがとうございます!」


 マナトとミトは、化粧室のテントをあとにした。


 「いやぁ、トイレがこんなに長くなるなんて……」

 「まさかサライで働いてた人と再会するなんてね。でもマナト、よく覚えてたよね」


 会話しながら、少し早歩きで、巨大テントの入り口へ。


 「あっ、マナトさんが……!」

 「ステキ……!」


 行きと同じように、視線が2人を追いかける。


 「……あれ!?」

 「あの人って!?」


 しかし、その視線が、皆、別の方向に向けられてゆく。


 「なんで!?どうして!?」

 「やっぱり観戦してたんだ……!」

 「でもそれって……!」


 周りの皆の視線を一斉に浴びながら、まるでそれを気にする素振りも全くなく、2人の真っ正面、一人の女性が走ってくる。


 そして、2人の前で止まった。


 「ハァ……ハァ……」


 息をきらして、肩が上下に揺れている。額には、汗が滲んでいる。


 「ルナさん……!」

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