578 マナトへ向けられる視線/トイレにて

 「見て、さっき決勝戦で戦ってた……!」

 「あっ、ほんとだ、マナトさん……!」


 さらに、キャラバンの女性陣の視線が、歩く2人を追いかけてきた。


 「フェンサロンでトップクラスに強い、オルハンを倒しちゃうなんて……!」

 「私、戦ってるときにちょっとターバン上がって顔見えたんだけど、真っ黒な瞳してて、ほんと、かっこよくて……!」

 「しかも、なんていうか、ステージの上とは違って、いまは優しそうな雰囲気してない?」

 「確かに……ヤバイ、タイプかも……」

 「ちょっと、声かけちゃいなよ……!」

 「えっ、でもそんな……!」


 ……えっ、なにこの状況!?


 「さすが、決勝戦の第一試合の勝者だね」


 歩きながら、ミトがマナトに言った。


 「……あっ、僕が?」

 「そりゃそうでしょ」

 「参ったなぁ。ステージの上でも思ったけど、ほんと、こういうの柄じゃないから、どうしていいか分からない……」

 「でも、僕、別にかっこよくなんかないです……」

 「そんなことないよ?マナト、戦ってるときは、意外と凛々しい顔してるよ」

 「そ、そうなの?」


 そんなことを言いながら、巨大テントの外側を反時計回りに少し行くと、テントが複数、姿を見せた。


 その中の、看板にヤスリブ文字で『化粧室』と書いてあるテント内へ。


 「ここだここだ」

 「ふぅ、ようやく……」


 ――サァァァ……。


 細かい粒子状の砂が流れる。


 何気にこの砂の音があることで、音の心配もない。


 「うぅぅ……!」


 マナトはぶるると身ぶるいした。


 「あはは!マナト、ものすごく震えたよ、いま」

 「いや~、あはは……」


 巨大テント内での緊張感やら、周りの視線やら、そういったものから一気に解き放たれたような気分になって、マナトは力が抜けた。


 「すごいんだね、戦いに勝つことって」


 マナトはしみじみ言った。


 「あはは、どうしたの?急に」

 「それまでの自分じゃないような気分になるよ。実際、周りからはそう見られるし。少し、怖い」

 「マナトはマナトだよ」

 「それはまあ、そうなんだけどさ。……んっ?」


 ふと見ると、一人の清掃員が、奥の空いている砂式トイレを掃除していた。


 「……」


 ……はて、どこかで見たことのあるような?

 マナトは思った。


 そこそこ経ったといっても、マナトはこのヤスリブに来て、キャラバンの村以外では、話したことのある人数は限られているからか、


 「……」


 記憶をたどる。


 これまでの、ヤスリブに来てからの、ここまでの、記憶。


 「……あっ!!」

 「ど、どうしたの!?」

 「えっ!?」


 マナトが大声を出したことで、隣にいたミトだけでなく、その清掃員もビックリして振り向いた。


 「あぁ、すみません驚かせて」


 マナトはその清掃員に声をかけた。


 「どこかで見覚えがと思ってて、いま、思い出したんです!少し前まで、西のサライでお仕事されてましたよね!」

 「おぉ……!」


 マナトの言葉に、清掃員の目が大きく見開いた。


 「そ、そうです!お、覚えててくれたのですか……!」

 「やっぱり!いやぁ、お久しぶりです~!」


 ちょうど、アクス王国での交易帰りの時に立ち寄った、西のサライの従業員だった。


 ……なんか分からないけど、このヤスリブで、顔見知りの人に出会えたことが、嬉しい!


 「ほんと、まさか、こんなところで!」

 「あはは!そうですよね。でもあんなときのことをよく……ほんと、覚えててくれたの、あなたが初めてですよ」

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