577 ユスフ、その瞳の奥/マナトとミト、巨大テントの外にて

 「……」


 アブドは後ろを振り向いた。


 ムスタファ公爵の執事たちが慌てているのが見えた。


 ちなみに決勝戦第一試合、水の能力者2人の試合が始まる手前で、ムスタファ自身も対抗戦を抜け出している。


 国防担当の公爵もそれより前に出ていったし、外は、なかなか忙しいことになってきているようだ。


 「どこだ?どこにいる?」

 「フェンサロンのほうじゃないか?」


 執事たちが、慌ててアブド達の座っている特別席前方へと押し掛けてきた。


 「フェンサロンとなると、ステージ上手か?」

 「だな」


 身を乗り出して、下の観客席を見渡し始める。


 「なんやなんや?」

 「あぁ、気にしなくていい」


 アブドはユスフに言った。


 「公爵令嬢が行方不明らしいってだけだ」

 「なんやそういうことかいな。面倒なヤツやなその公爵令嬢。てかしっかり監視つけとけや」


 ユスフのぼやきは執事たちには聞こえておらず、なおもステージ上手側あたりを、目を凝らして眺めている。


 「……そういえば、たしか彼女も、キャラバンであったな」

 「えっ」


 ユスフがアブドを見た。


 「公爵令嬢、キャラバンやるんか?」

 「そうだな」

 「公爵令嬢やのに?」

 「まあ、大国では珍しいほうでは、あるがな。この国では、キャラバンは若者に人気の職業なのだ。……いや、ここ最近そうなった、と、付け足して言っておこうか。ともかく、公爵家であろうがなかろうが、少なくてもこの国では、関係ないな」

 「……」


 ユスフはアブドに顔を向けたまま、無言になった。


 ……ほう?そんな顔もするのか。


 ユスフの顔を見ながら、アブドは思った。


 少し目を細め、神妙な表情。これまでの、ぶしつけで遠慮のない青年特有の傲慢さはなく、目元や眉毛、まつげは少し憂いを帯びて、それがゆえ、いまの顔は大人びて見える。


 そして、その濃い紫色の瞳の奥は、意外に深そうだ。


 「やっぱり、外に出てみんと、分からんなぁ……」

 ユスフはつぶやいた。


 ……私はどうやら、思い違いをしていたようだな。言動に幼稚さがあるからといって、根無し草ではないようだ。


     ※     ※     ※


 マナトはミトを連れて、一旦、巨大テントの外を歩いていた。


 普通に、おトイレだ。仮設の砂式トイレがテントの外にあったため、一度、出ないと行けなかった。


 そのため、決勝戦第三試合の、最後の対戦者についての話し合いがあったが、それは任せることにした。


 「ごめんねミト、完全に連れしょん状態になっちゃった」

 マナトは言った。


 トイレと言えど、マナトは誰かが一緒でないといけない。


 「ぜんぜん。僕もちょうど行きたいなって思ってたし」

 「ありがとう」

 「おう!マナトじゃねえか!」


 マナトとミトの声の間に、別の声が入ってきた。正面から、男が一人。身なりを見る限り、キャラバンだ。


 「ど、ども……!」

 「いや~、お前とオルハンの戦い、すごいよかったぜ!」

 「ど、どもども……!」

 「なんだ、意外におとなしいんだな、はっは!まあいいや、次、とうとう決勝戦だな!楽しみだ!」


 観戦していた人から、マナトは声をかけられるようになっていた。


 ……なんか、どんどんこの国で声をかけられる人が、増えていってるんですけど。


 

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