553 居住区の、ウテナの住居の、大通りの、いま

 灰色の建物と建物の間を、ガストは走りながら通り抜けてゆく。大通りへと向かっていた。


 「……」


 走りながら、ガストは空を見上げた。少し傾きかけた陽が、青空にオレンジ色のグラデーションをつくっている。


 しかし、それは、これから深い深い、黄昏たそがれの底に沈んでいく前兆のように思われた。


 視線を戻す。


 走る傍らに、いつも子供らの遊び場となっている、住宅間にできた空き地が姿を現した。


 「……」


 今は、そこには、誰もいなかった。


 角を曲がる。


 前方から、護衛が2人。走るガストのほうに向かって、歩いてきている。


 ここ最近の光景だった。これまでこのような居住区にいることのなかった護衛が、常に徘徊するようになっていた。


 明らかに、ジンの影響だ。


 「……」

 「……」


 護衛らと、無言ですれ違う。


 「……チッ」


 次の角を曲がった後、ガストは小さく舌打ちした。護衛たちがすれ違いざま、一瞬だけ自分に向けた、その視線が気に入らなかった。


 まるでジンであるかのように、疑ってかかる視線。


 実際、護衛たちはジンと遭遇して、被害に遭っているらしい。


 ……知るか、そんなもん。弱い護衛が悪いんだ。


 ガストは思いながら、さらに角を曲がった。


 「……」


 すると、右手奥のほう、とある建物が視界に入ってきた。


 キャラバン・ウテナが住まう、集合住宅。


 ガストの住んでいる集合住宅のある居住区は、ウテナが住んでいた居住区と同じ場所だった。


 「……」


 少し前、ウテナのファンだという女子が、なにかウテナにプレゼントを持ってきて、などという光景を、ここで見たのをガストは覚えていた。


 それが、今は、罵りと侮辱が込められた文字が殴り書きされている壁に、その周りに、投げられた石とゴミが散乱している、見るも無惨な光景が広がっていた。


 いまは、ウテナどころか、その集合住宅には、誰も、住んでいない。


 「……」


 ……所詮、人間なんて、こんなもんだ。


 そんな場所も通り過ぎ、さらにいくつかの角を曲がる。


 ガストは大通りに出た。


 「……」


 大通りも、これまでと少し、様相が変わっていた。


 人は、いる。しかし、どこか、変だった。


 よそよそしいような視線を向けて、なにか噂話をしている婦人たちや、目の血走った男が、周りを威嚇するように歩いていたり、相変わらず護衛が、まるで、ここにいる皆すべてが犯罪者でもあるかのような視線を向けていた。


 「おい!!お前!!」


 護衛の一人が、血走った目の男に怒鳴って、なにか揉め始めた。


 「血の確認だ!!腕を出せ!!」

 「……」


 血走った男が、懐に手を入れた。


 ――スッ。


 小さなナイフ。そのナイフを護衛へ向けた。


 「やれるもんならやってみな……この国はもう終わりだ!!」


 男が護衛に飛びかかった。


 「キャァ……!!」


 婦人たちが悲鳴をあげた。


 「……」


 ガストはそんな現場を尻目に、大通りの横道へ入っていった。


 ……くだらねえ。本当にくだらねえ。


 心底、ガストはうんざりしていた。


 血の確認をしなければ不安でならない状況になってしまったいまのこの国に。


 「おい!ガスト!」


 仲間の声がした。


 見ると、狭い通りの先、溜まり場となっている空き住宅の窓から身を乗り出して、仲間が手を振っている。


 「よう。すまん、遅くなった」

 「二日酔いか?」

 「それも、あるっちゃある」

 「がはは!」

 「はは!」


 ガストは、今日はじめて、笑顔になった。

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