552 ウテナのお願い/ガスト、家にて

 「ちょっと待ってくれ、フィオナ、ライラ」


 フェンが口を挟む。


 「彼女はサロンメンバーでは……」

 「別にいいでしょ。細かいこと言わないの」


 ライラが言うと、フィオナもうなずいた。


 「そもそも向こうなんて、サロンですらないもの。それに、ミリーは天廊でラクトと互角の戦いを繰り広げたわ」

 「マジか!強いのか、お前」


 オルハンが、期待のこもった視線でミリーを見た。


 「えっと、あのぉぉ」

 「お願い、ミリーちゃん」


 ウテナがニッコリと微笑んで、ミリーの肩をもみもみした。


 「はぅぅ……」


 ミリーが、力が抜けたような声で言った。


 「ウテナさまにそう言われてしまっては、断ることができなくなってしまったでありますぅぅ」

 「フフッ、決まったわね」

 「仕方ないなぁ……分かったよ」


 フェンは言うと、立ち上がった。他のサロンメンバーも、皆、立ち上がる。


 「よし、いこう。これで最後だ……勝つぞ!」


     ※     ※     ※


 メロ共和国には、巨木エリアを取り囲むようなかたちで、居住区が点在している。


 基本的には石造りで、大きさは大小さまざまではあるが、公宮のような一軒家はなく、そのほぼすべてが、ひとつの建物に複数が住まう集合住宅だった。


 そして、大通りに比較近い位置にある、とある居住区の一角に、ガストの家族が住む家はあった。


 その集合住宅は、中規模ほど。しかし家族で住まうにしては、少し狭い。


 「……」


 昼下がり。自分の部屋で寝転がって、ガストは灰色の石の天井を眺めていた。


 「……行くか」


 むくっと、ガストは起き上がった。


 「……」


 ふと、ガストは自らの左手を見た。左手首と左腕には、包帯が巻かれていた。


 昨夜、飲み過ぎたための怪我ではない。


 「……」


 立ち上がり、隣の部屋へ。


 部屋の真ん中に、大理石のテーブル。


 「……」


 そのテーブルの上には、料理で利用するための包丁が、置いてあった。


 「……」


 その包丁を横目に、ガストは玄関へ向かう。


 「お兄ちゃん、どこいくの?」


 不意に、後ろから声がした。


 ガストは振り返らず、立ち止まり、答えた。


 「いつもの。他の奴らが待ってる。約束してるんだ」

 「でも、外に出て、ジンに遭遇したらって、お母さんが……」

 「はっ、しねえよ」

 「でも、また家に入る前に、お母さんに、血の確認って……」

 「好きにしろよ」

 「でも、また切り傷が、お兄ちゃんの身体に増えちゃう……」

 「構わねえよ、好きなだけ俺を切りつければ。切り傷なんて、そのうちかさぶたになって直るじゃねえか」

 「でも、でも……外に行ってはダメって、お母さんが……!」

 「うるせえよ!!」


 ――ガチャッ!


 立て付けの悪い扉を、勢いよく開ける。


 「家にいるほうが、アタマおかしくなっちまうんだよ!!」


 吐き捨てるや否や、ガストは家を飛び出した。

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