550 握手/ユスフ、ステージを降りて

 ――ゴトッ、コロコロ……。


 ものすごいスピードで飛んでいた鉄球が、急に力が抜けたように放物線を描いてステージに落ち、転がった。


 ユスフは、自分の横脇腹に手をあてた。


 「……」


 手に、自ら流した真っ赤な血が、付着している。


 ……ほんの一瞬をつかれてもうたか……!


 磁場を発生させることによる、死角からの鉄球での攻撃。


 しかし、磁性と反磁性を同時に出すことは、できない。その時ばかりは、ダガーを防ぐことはできなかった。


 ……いや勝ち筋っちゃ勝ち筋やけど……でも分かってても、フツーやるか!?


 ユスフは思いながら振り返って、ラクトを見やった。


 「でで……たんこぶが……」


 頭をさすっている。あの一瞬、たしかに意識が飛んでたはず。そんなクリティカルヒットだったはずなのにと、ユスフは思った。


 ……俺が思っていた以上の強さやったっちゅうことか。


 ――わぁ~!!

 ラクトの勝利に、観衆が沸いている。


 「!」


 と、ラクトが振り返った。


 「えっと、ユスフ、だっけか。握手しようぜ」


 ラクトは言いながらユスフのもとに歩いてきて、手を差し出した。


 「……はっ?握手」


 ユスフは聞き返した。


 「そう、握手だよ」

 「いや、なんで?なんで手ぇ合わせなあかんねん」

 「いや、俺も初めてやるけど」

 「はぁ?」

 「お互いの健闘を称えるってヤツらしい」

 「いや、らしいて……」

 「俺の仲間が言ってたんだ。戦って、相手のことを強いって認めたときに、やるとかやらないとか。とりあえず、俺はお前と握手がしたい」

 「……なんか、よう分からんなぁ」


 ユスフは頭をかきつつも、手を出した。


 ――ガシッ。


 2人、握手した。


 「ラクトって言うたな。頭、大丈夫か?」

 「はっ!?俺はバカじゃねえよ!!」

 「あっ、いや、そういうわけや……あははは!」


 握手しながら、思わずユスフは吹き出した。


 「そっちの意味やないわ。鉄球当ててもうたから、心配しただけや」

 「あっ、そっち……」

 「あははは!」


 ――おぉ……。


 「なんだ、あれ……」

 「相手、笑ってるわ……」

 「あぁ……」

 「なんか分からないけど、なんか感動的だ……」


 ステージの上、ラクトとユスフの握手を見た観衆から、ため息が漏れた。


 握手を終え、ユスフはステージを降りた。


 医療班が駆け寄る。


 「あぁ、おおきに。てか、そんなに傷、ふかないから、別にええけど……」


 ユスフは言ったが、医療班は念のためにと、応急処置を施し始めた。


 「ユスフ、お前が負けるとはなぁ」

 「あの兄ちゃん、何者なんや?」

 「おもろいもん見せてもうたで」

 「てかなんやねん、最後の握手は」


 仲間がそれぞれユスフに声をかけた。皆、冷やかしたり、ひょうひょうとしていて、勝敗は、あまり気にしていない。


 「……」


 唯一、固い表情をしているハウラが、ユスフの目に映った。


 「……ハウラさま、すんません。応援してもろてたのに、負けてしまいました……」

 「……傷、見せてみ」


 ハウラが、傷を負った部分に目線を落とした。


 「……アホ。なに傷ついてんねん。これからが大事やのに」

 「はい……」

 「今日は、ゆっくり休み」

 「……はい?」


 ユスフは唖然とした表情でハウラを見た。他のメンバーも、なにがなんだから分からない様子だ。


 「明日から本格的に作業するから、傷、直しときや」


 言うと、ハウラは特別席に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る