546 ラクトの切り札/ユスフの能力、ギルタブリルのマナの力

 ……闇の世界で生きる人間って。


 ムハドは、妙に納得した様子で、なるほどとうなずいたり……かと思えば、少し難しい顔をして、いやしかし……と、つぶやいたりしている。


 「……」


 マナトはステージに視線を戻した。


 激しくやり合うラクトとユスフが目に映る。


 ――シュッ!


 ユスフの打撃をかいくぐって、ラクトがダガーで反撃。しかしやはり刃の軌道はズレてしまった。


 ――タタッ。


 ラクトは後退。しかし間髪入れずにすぐに横へ。ユスフの背後に回り込む動き。


 「させへんで!」


 ユスフも同じ方向へ。


 ――カチャッ……。


 と、ラクトが、ダガーを腰に納めた。


 「なんや、諦めたか!」

 「はっ!誰が!」


 ラクトは叫ぶと跳躍した。


 ――スタッ!


 オベリスク風の石柱に垂直になるように着地。


 「……」


 同時に、ラクトは自らの懐の中に手を入れた。


 ――タァン!


 石柱を踏み台にして、ラクトが跳ぶ。


 「はっ!こいや!!」


 ユスフが右拳を大きく振りかぶった。


 その時、


 「らぁ!!」


 ラクトが懐から取り出したものでユスフに切りかかった。


 「木の……!!」


 咄嗟にユスフは振りかぶった右拳を納めた。


 ――ガリッ!!


 「!?」

 ラクトの目が見開いた。


 ユスフが、左の手を滑り込ませている。その中指と薬指の指輪が、短刀が身体に接触するのをギリギリ防いでいた。


 「チッ!」

 「ぐわっ!!」


 ラクトの、木の短刀を振り抜く力に負けて、ユスフが吹き飛んだ。


 ――ドサッ!ゴロゴロ……!


 ユスフがステージを転がる。


 ――おぉ~!!


 「やった!あの野郎、やりやがった!」

 「でも、なんだ?木の短刀か?」

 「惜しい!普通にダガー使ってたら決着ついてたのに!」


 ラクトの一撃に、観衆が沸く。


 「おぉ!」


 ジェラードが手を叩いた。


 「マナト、あれが、ラクトに持たせた切り札だったんだな」

 「はい!そうなんです!ただ……!」


 ……失敗だ!

 マナトは思った。


 ユスフの能力……ギルタブリルのマナの能力は、磁性を操ることではないかと、武器屋でミトと象牙のダガーを見たときに、マナトは気づいた。


 同時に、ダガーの刃やボウガンの矢などが、まったくユスフに当たらないことも気づいた。


 反磁性の力。


 しかし、それゆえ、護衛隊長がユスフの足を掴んだときや、ハウラが象牙のダガーでユスフを切りつけた時は、その力が働かなかった。


 つまり、金属でなければ、磁力の効果は受けない。


 というわけで、ユスフと戦う前に、マナトはこっそり、木製の短刀をラクトに渡していた。


 「マジか……」


 ユスフが立ち上がった。


 血は出ていない。だが、確実にダメージを与えられている。


 「懐に忍ばせて……俺の能力に気づいてたんか」


 言うと、ラクトに向けて、ユスフが指輪のはまっている左手をかざした。


 ――カタカタ……!


 「んっ!」


 腰につけているダガーが小刻みに震えだしたのを、ラクトは手を押さえて静めた。


 ……間一髪で防がれちまったか。

 ラクトは思った。


 ユスフは、自分の能力が相手にバレない立ち回りをしていた。だから、こちらもそのつもりで戦って油断させて、いざという時に、一撃で決めたかった。


 一番の勝機を逃してしまったことには、違いない。


 ……だがまあ、相手もダメージは受けてる。ここからはこの木の短刀で戦えばいいだけの……、


 ラクトが考えを巡らせていたその時、


 「ラクト危ない後ろ!!」

 ミトの叫び声。


 「なに!?」


 ラクトの背後に、石柱の下に転がっていたはずの鉄球が飛んできていた。

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