545 ムハドの気づき

 「あっ、あの人、たしか……」


 ステージ上手側で、ムハドの名を呼びながら手を振っている女性に気づいたマナトは、ステージから少し離れて、俯瞰ふかんできる位置で戦いを見守っているムハドのそばまで近寄って、言った。


 「ムハドさん、呼んでますよ」

 「んっ?あぁ、ハウラか」


 ムハドはその女性……ハウラに手を振り返した。


 「あっ、そういえば、そんな名前だったような……というか、知り合いだったんですか?」

 「ああ」


 マナトの問いに、ムハドがうなずく。


 「アブド公爵に呼ばれた時に、彼女の商隊も来てたからな」


 しかしムハドは、ハウラに手を振り返すのもそこそこに、ステージ上に視線を戻した。


 「おら!おらおら!!」


 パンチとキックを組み合わせた打撃の連続攻撃を、流れるように間髪入れずにラクトに打ち込んでくる。


 「おっと……まだまだ!」


 しかし、ラクトもただ避けるだけでなかった。ギリギリでやり過ごし、相手の攻撃の隙を見ては反撃していた。


 ――ヒュッ!


 ダガーで小さく突き攻撃。ユスフの腹部を狙う。


 ――クィッ!


 しかし、まるでダガーそのものが自我を持って、ユスフに触れるのを嫌がるように避けてしまった。


 ――んん~!?


 周りの観衆も違和感を感じ始めて、どよめき始めた。


 「ん~?」

 「あっ、ジェラードさん、お帰りなさい」


 アイーダサロンとの戦いの後、いつの間にか姿を消していたジェラードが戻ってきた。


 「あれは、どういうことなんだろうねぇ?」


 ジェラードも戦いを見ながら、首をかしげている。


 ユスフがどうやってラクトの攻撃を当たらなくしているのか、気になっているようだ。


 「マナト、あのカラクリ、分かるかい?」

 「ええと、そうですね。多分ですけど」

 「ほう!」

 「そろそろです。ラクト、仕掛けると思います」

 「そいつは楽しみだねぇ。それじゃ、答えは聞かずに、見ておこうかねぇ」


 ……ちなみにジェラードさん、どちらへ?


 聞こうと思ったが、マナトはやめた。


 「……」


 その間、ムハドは口を挟むことなく、ずっと、ステージを見続けていた。


 「あのユスフって人の能力、すごいですよね」


 マナトはなんとなく、ムハドに話しかけた。


 「んっ、いや……」

 「?」

 「アイツ……」


 マナトが顔を向けると、ムハドは言った。


 「アイツ、楽しそうに、戦ってるなぁって思って」

 「楽しそうに……?」


 マナトは改めてユスフを見た。


 「おらぁ!!」


 ステージの上で躍動するユスフのその顔は、たしかに、笑っていた。


 「人が相対あいたいして戦う時、だいたい人は、その相手に対して修羅の扉をもって事にあたることが多いんだが、アイツの生命の扉は、その間に、別の扉が開いているんだ」

 「別の扉ですか?」

 「ああして戦えてること自体が、幸せでたまらないみたいだ。時おり開く天の扉が、それを物語ってる」

 「天の扉ですか?……えっ?それって、ヤバいタイプの人なんじゃ……?」

 「あぁ……いや、そっちじゃないな、たぶん」

 「あっ、ハイ」

 「……あれは、ずっと日の当たることのない、暗がりの世界での日々を余儀なくされていた人間が、いままさに、明るい世界というものを知って、無上の喜びを見出だしている、そんな印象なんだよ」


 そして、少し、同情を含んだような眼差しを、ユスフに向けながら、言った。


 「つまり……あの紫の瞳の青年は、闇の世界で生きる人間ということだ。ここに来るまでの道中で出会った、武器狩りの盗賊のような」

 「え……」

 「……そういうことだったのか」

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