537 ミトとアイーダ

 ――ひゃぁぁ!!!

 ――おおおお!!!


 観客席は騒然となった。女性の悲鳴のような声と、男性の好奇に満ちた声が混じって、恐ろしいほどに盛り上がる。


 「……」


 そんな中、ステージの上、ミトは静かに、頬をさすった。


 「……負けた」


 手についた、自らの血を確認すると、ポツリとつぶやいた。


 一瞬の戸惑い、そこを突かれた。


 ミトの動揺を、アイーダは見逃さなかった。


 「ウフフ……」


 勝ち誇った中に親しみのようなものも感じさせる眼差しで、アイーダはミトを見ながら微笑んでいる。


 その大きな胸は、伸びた曲剣でうまく隠れていた。


 「アイーダさま!!」

 「う、上着を!!」


 しかしすぐにサロンメンバーの数人がステージに上がってきて、アイーダに駆け寄った。


 そして、フワリとした腰下まである白い衣を素早く着せた。


 「ウフフ、ありがとね」

 「いえ。それより……!」


 すると、サロンメンバー達が、今度は、ミトをものすごい剣幕で睨み付けた。


 「よくもアイーダさまを辱しめてくれたわね……!!」

 「許さな……!!」

 「おやめ」

 「!?」


 サロンメンバーに一言言うと、アイーダは言った。


 「さっきの戦い、見てなかったの?あの子は立派で誠実な戦士だったわ」

 「で、でも……!」


 すると、アイーダは、無言で見守るミトに向かって言った。


 「ごめんなさいね、頬、傷つけちゃって。でも、傷は小さいでしょ?」

 「……」


 ミトは、少しうつむき、下がろうと身体を少し傾けた。


 「ウフフ、そんな、そっけない態度、取らないでちょうだい」

 「……」

 「大丈夫。分かってるわ。あなた、一度戦闘を止めて、胸当てをつけ直すべきだって、思ったんでしょ?」

 「えっ」


 ミトが振り向いて、顔を上げた。


 「分かっていたのですか……」

 「ええ」

 「それなら、なぜ……あなたも、そのほうがよかったのでは……」

 「だって、あの一瞬しか、なかったんだもの。あなたに勝つ機会が、ね」

 「!」


 アイーダの言葉を聞くと、フッと、ミトの顔が少し和らいだ。


 「負けました。僕の心が動揺したことに、間違いはありません。ありがとうございました」


 言うと、ミトはアイーダに向き直って、合掌した。


 そして、再び、アイーダに背を向けた。


 「……」


 アイーダは少しの間、ミトの遠くなる後ろ姿を見つめていた。


 「ミトのヤツ、本当に性格いいよなぁ」

 「えっ?」


 マナトの隣で、ムハドが言った。


 「周りの多くの男どもの、欲望の扉が一斉に開いたのに対して……まあ、あの状況、そうなるのも無理ねえんだが。だけど、ミトは、苦しみの扉が開いてた」

 「苦しみの扉が?」

 「あの相手に対して、すまないことをしたと、一瞬で自責の念を起こしていた」

 「あぁ……」


 ミトが悠然と、ステージの階段を降りてくる。


 「そういう男ですから、ミトは」

 「だな。相手も、それを分かっているようだった」

 「よ~し!んじゃ、もう一戦ってことだな!」


 ケントは言うと、くじ引きを持って集合をかけた。


 「……あれ?なんで、俺、目隠し?」

 「……」


 ラクトだけ、途中からずっと、サーシャに両手で目隠しされていた。


 「よ~し!準備いいか!?」

 「いや、ケントさん、ちょまっ……!!」


 ――サッ!!


 「!?」


 まるで戦闘時のように電光石火のスピードでラクトはサーシャを振りきると、ケントの持っているくじに手を伸ばした。


 「せ~の!」

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