534 ムハドの問いかけ、一言

 「……そうですか」


 マナトは特段、驚くことはなかった。ちなみにリートからその事については、聞かされていない。しかし、なんとなく、そんな気はしていた。


 本来なら、大変なこと。


 しかし、このムハドには、そういった秘密を打ち明けてもいいと、マナトも思っていた。


 その真実の先にある、自分の意図や思い。


 それを汲み取ってくれるという、安心感と包容力。ムハドには、それがあった。


 ……もしリートさんが言わなければ、自分自身が、ムハドさんに、それを言うタイミングがあれば言っていた。

 そう、マナトは思った。


 「マナト、お前はこのヤスリブで、すごいことしたんだぜ」

 「えっ?」

 「ジンを信じて、ジンを守るっていう、その行為だ」

 「あぁ……」


 ……なんか、むずがゆい。

 マナトは思った。


 「ただ……」

 「えっ?」

 「……マナト、ちょっと、変な質問をしていいか?」

 「えっ、あっ、はい」

 「これからする質問だが……マナト個人ということではなく、お前の前にいた世界、つまり地球の、全人類……ホモ=サピエンスとして、次の問いに答えてほしいんだが」

 「え~っと……はい」


 ムハドの言葉の意味がイマイチ理解できなかったが、マナトはとりあえず返事した。


 「フフッ、わりいわりい。難しく考えなくていいぜ」

 「はい」

 「マナト、お前がいた前の世界……地球で、ホモ=サピエンスは、長い期間、激しい生存争いの結果、他の生物の追随をまったく許さないほどの、生態系の頂点に立った。そして、ジンという存在は、現実には、いない」

 「はい」


 ムハドが続けて言う。


 「しかし、お前らホモ=サピエンスはそれだけでは飽きたらずに、本来なら分かり合えるのにも関わらず、ホモ=サピエンス同士、お互いが争うようになっていった。マナト、お前の口頭陳述の中に、こうあった。『全世界の人間を殺せるだけの武器が存在する』と。そして、それをつくり出したのが、人間自身だという」

 「……はい」

 「そんなホモ=サピエンスが全体として、例えば、ジンのような、自分達よりも優れた生命体の存在を、許すと思うか?」

 「……」

 「ホモ=サピエンスが、自らよりも優れた存在を許せるとは、俺は、思えないんだ……」


 ムハドの声には、悲痛な響きが混じっているように、マナトには聞こえた。


 「無理かも、しれない……そう、思ってしまいました」

 「……俺も、」


 ――おぉ~!!


 「んっ!」

 「おっ!」


 観客の声援がして、ムハドとマナトはステージに視線を戻した。


 ステージ上、少し上手側で、伸びた曲剣の刃先部分を、ミトがダガーで弾いているのが見えた。弾かれた曲剣のやいばが、大きく外側に伸びている。


 「いま!!」


 ミトが踏み込む。ダガーを振りかぶった。


 「速いわね……でもムダよ!!」


 アイーダが曲剣を振る。


 ――シャァァ……!!


 まるで蛇のように曲剣がしなると、迫るミトの前にそのやいばが立ちはだかった。


 ――キィィン!


 ミトの一閃を、横から割り込んできた曲剣が防ぐ。


 「すごいわ、あなた。こんなに近くまで男に近寄られたの、久しぶりよ」

 「くっ!」


 アイーダに言われると、悔しそうな表情でミトはサッと引いた。


 「つええなぁ、ミト」


 その光景を見ていた、ムハドがつぶやいた。


 「俺もたぶん、ホモ=サピエンスなんだよなぁ……」

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