529 ジェラードの能力

 相手のアイーダサロンのメンバーは、必死に抵抗しようとしているようだっった。


 「う、動け……動いて……!」


 右肩と右腕がピクピク動いた。本人より少し前に落ちてしまって、手を伸ばせば届く範囲に落ちているレイピアを再び掴もうと、力を入れているのが分かる。


 「な……んで……!?」


 しかし、その抵抗むなしく、レイピアにその手は届かず、四つん這いの状態のままで硬直していた。


 「いったい、ジェラードさんは、なにを……!」

 「ジェラードさんは、ムシュマのマナを取り込んだ能力者なんだが……」


 ジェラードの歩く姿を見ながら、ケントがマナトに言った。


 「その、ムシュマの守り神は、ヒュドラという、多頭の大蛇だいじゃなんだが、」

 「ヒュドラ、多頭の大蛇……」

 「ああ。クルール地方の人魚と水を操る能力と同じように、ムシュマのマナも、ヒュドラに備わっている力と関係しているんだろうが、ジェラードさん、あまり言いたがらないんだよな」

 「あっ、そうなんですか」

 「強いて言うならって感じで、ジェラードさんが言うには、それはいわゆる、汚れた能力なのだそうだ」

 「汚れた能力、ですか……」

 「ああ。だが、ハッキリ言って、その強さは、おそらくキャラバンの村でダントツの一番だ。炎を操るリートさんよりも強いぜ」

 「!」

 「いま、目の前の光景を見ても、分かるだろう」


 話しているうちに、ジェラードが、相手の目の前までやって来て、立ち止まった。


 ――カチャッ。


 「万が一も、あるからねぇ」

 「あ……!」


 ジェラードはレイピアを拾うと、ぽ~んと相手の後方へと放った。


 「くっ……!」

 「顔とか殴って、その綺麗な顔に傷がつくのは、嫌だろう?私だって、そういうことは、やりたくないからねぇ」


 ジェラードが、相手を見下ろしながら、微笑み、言った。


 「大丈夫。痛まないように、するからねぇ……」


 ……へ、変態おじさんにしか見えない!!


 「け、ケントさん!!も、もう勝負がどうとか言ってる場合じゃ!!」


 そう、マナトが叫んだ瞬間、


 ――プツ……。


 ジェラードは白装束のポケットから、鍼灸用の針を取り出して、四つん這いになっている相手のアイーダサロンメンバーの、手の甲あたりを刺した。


 「あ……!」


 ――ツツ……。


 相手の手の甲に、小さな血溜まり。


 先までの、激しい戦いの末の決着とはまったく対照的な、結末。


 「よっしゃ!!」

 「ジェラードさん、勝った!!」


 商隊のあちこちから、メンバーの勝利の万歳があがった。


 「ふぅ……大丈夫そうだな」


 ケントは安心したようにため息しながら言うと、先のくじ引きを持って、皆に言った。


 「お~い、お前ら~、次に出るヤツのくじ引きやろうぜ~」


 ケントが言うと、側にいたメンバーが気づいて、ケントのもとへ。


 「……」


 マナトも、ステージ上を気にしつつ、ケントのもとへ歩を進めた。


 「あっ、は~い」


 ミトも後ろを振り向いて、ケントのもとへ。


 「ど、どういうことなんだ……!?」


 対して、ラクトは数人のメンバーとともに、ステージ上のジェラードの戦いに心奪われているようで、振り向かなかった。


 「……あっ、ラク……!」


 反射的に、マナトはラクトを呼ぼうとした。


 「!」


 ラクトの前にサーシャが立ちはだかった。仁王立ちで、腕を組んでいる。


 ……ラクト抜きで、やってちょうだい。


 サーシャのその姿が、物語っている。


 「あっ、了解です……」

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