518 アブドの言葉

 ――おぉ……!


 観衆の、声の響きが、明らかに、血を見ることで、変わり始める。


 「皆、騒がせてしまって、すまない!」


 ウテナの血を確認すると、アブドは手を広げて、周りに向けて大声で言った。


 「見ての通り、彼女は正真正銘、ウテナその人である!巷では、彼女がジンであるとかどうとか、さまざまな噂が流れているが、見たまえ!この血が、すべてを物語っているだろう!」


 ――おおぉ~!


 「さあともに、見ようではないか!!あのワイルドグリフィンを撃退した英雄であり、我々の同志であるキャラバン、ウテナの、凱旋試合を!!」


 ――おおおおおぉ~!!!


 「んだよ!やっぱり本物じゃねえか!!」

 「いいぞ~!!」

 「俺、ワイルドグリフィンと戦う姿、見れなかったんだよな!!」

 「待ってたぜ!!ウテナ~!!」


 周りは先の戦いまでのように、いや、それ以上の盛り上がりを取り戻した。


 「あの、アブドって公爵、」


 観客席側、マナトの隣にいるミトが言った。


 「マナトがステージに立っているときに、ムハドさんがしたことと、一緒のことを……!」

 「あぁ、確かに」

 「よっし!!」


 ラクトはガッツポーズすると、満足げに座った。


 「ラクト、やったね!」

 「おう!これで、もう、大丈夫だろ!」

 「あっ、ラクト、包帯がほどけちゃってるよ」

 「あっ」

 「……」


 サーシャが無言で、ラクトのほどけてしまった、包帯をつけ直していた。


 「おう、ありがとな、サーシャ!」

 「……」


 無言で、サーシャはうなずいた。


 「……」


 ……僕のときは、死ねとか、殺して、は、言われなかった。


 罵声は止んでいる。


 もしくは、周りの歓声にかき消えてしまっているのだろう。


 ……前にいた世界で、よく見た光景だったような。


 あの声が何の声なのか、マナトはなんとなく分かっていた。


 ……あの声は、ウテナさんが、ジンであることを疑われているから放たれている声では、ない。あの声は、ウテナさんがジンであることを条件としていない。ただ、ウテナさんの排除を心から願うだけの声だ。


 「ウテナとやら」


 アブドが、観衆から視線をウテナに向ける。執事が、ウテナの腕の刺し傷に、ガーゼをあてている。


 ウテナはすこし、身体をアブドに向けたが、顔は少し下を向いたままだった。


 「ハッキリ言っておこう」


 アブドは構わず言った。


 「君を生かしたのは、いま先ほど叫んだ青年の男と、この私だ」

 「……」

 「私は、だからといって、君の生命を支配する権限があるとは思ってはおらぬ。だが、生かしたのは、それだけの理由を、私自身も持っているがゆえ。心して、聞け」

 「……」

 「クサリク文書に記されし英雄は、その死をもって永遠に英雄とならしめた。君は、生きたまま、英雄となれ……!」


 アブドは言い終わると、ステージ下手側から、階段を降りていった。拍手がアブドを見送る。


 ナジームサロンに事情を説明し、一礼。席に帰ってゆく。


 そして、ナジームサロンから、一人、ステージに上がってきた。

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