517 ウテナ、ステージに立ち

 ――おぉ……!


 観客の視線が一斉に、ステージの上、マントを脱ぎ捨てた一人の女性……ウテナに集まる。


 「ウテナ……!」


 ラクトが立ち上がって身を乗り出した。


 「……」


 マナトも、ウテナを凝視した。


 サラッと、肩まである黒髪が、揺れた。


 動きやすそうな黒無地の半袖シャツに、同じく動きやすそうな膝あたりまでの、黒無地のハーフパンツを着用している。


 ……やっぱり、なんか、普通の状態じゃない。

 マナトはなんとなく、感じ取っていた。


 少し眩しさを感じているのか、ちょっと細めた目は、すこしうつむいて、近くも遠くも見ていない。


 ……どこも見ようとしていないような、虚構を見つめるような眼差しだ。


 真一文字に結んだ口元。


 ……口元以外にも、閉じられているものを感じる。


 左肩から、肘、腕、そして、手の指の先まで、白い包帯がグルグル巻きになっていて、手首には、その包帯の上から、黒いリストバンド。


 ……傷を隠してる。


 「ウテナさんがんば……?」

 「フィオナのかたきと……?」


 ミトとケントがウテナに声援を送ろうとしたが、止めて周りを見回した。


 さっきまでの盛り上がりが、少し止んで、叫ぶような空気感でなくなっていた。


 「ジンよ!!」

 「ジンだわ!!」


 テント内のどこからか、声があがった。


 ――ざわざわ……!


 「おい、ウテナって……!」

 「マジかよ……!」

 「ヤバいんじゃね……?」


 さっきまでの盛り上がった喧騒とは、混乱したどよめきがテント内に広がり始めた。


 「違う!!ジンじゃないわ!!」

 「おい誰だ!!ふざけんな!!ウテナはジンじゃねえ!!」


 ライラ、またオルハンも怒鳴ったが、広がるどよめきを抑えることはできない。


 「死ね!!」

 「殺して!!」


 誰かの叫び。


 ――ざわざわざわ……!!


 なにか、どよめきの中に、その叫びに共鳴するような響きが漂い始める。


 「……!」


 ステージの上、ウテナが、両手で耳を塞ぐ。


 「まずい!このままだとウテナが……!」

 フェンが言った。


 「もうダメ!ステージから、ウテナを……!」

 フィオナがステージへと上がる階段に足をかけた。


 その時、


 「ウテナぁあああああ!!!!!」

 「うぉ……!?」

 「!?」


 ナジームサロンのいる、ステージ下手側の観客席。


 ラクトが叫んでいた。


 ――ざわっ……。


 ラクトの叫びで、どよめきが、一瞬、止んだ。


 「!」


 ウテナの目線が、虚構から戻る。そして、観衆の中で、ただ一人立つラクトを見た。


 「ラクト……!」


 ――ザッ。


 「どうやら、私の出番のようだな」

 「!」


 声がして、ウテナは振り向いた。


 見ると、2人、ステージに上がってきていた。アブド公爵と、側近であろう執事。


 ――スッ。


 「君、右の腕を出したまえ」

 アブドは言った。


 「……」


 言われるまま、ウテナが無言で右腕を差し出す。


 「……失礼します」


 執事が、ウテナの右腕に、鍼灸用の、細い針を刺した。


 ――ツッ……。


 右腕の、刺したところから、血が滲んだ。

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