512 アブドの軌跡、ユスフへの提案

 今回のジン討伐における切り札。


 すなわち、マナの兵器。


 マナの兵器の考案、製造、実験が、ギルタブリル地方で秘密裏に進められていることを、とある情報筋から仕入れたアブドは、この期とばかりにメロに呼んだ。


 本来なら、違法取引。


 しかし、今は、ジン=シャイターンが国を蝕み、徐々に被害も増してゆく状況。


 つまり、有事。


 あの中央会議で打ち明けたとき、公爵の中で、反対の意を唱える者は、一人もいなかった。


 そして、マナの兵器の製造に必要不可欠なのが、ギルタブリルのマナ。


 マナの兵器の設計図には、ギルタブリルのマナの使用箇所しかなかった。


 《おっさん、それ以上言うんやったら……》


 巨木エリアの特別宿で、ユスフを挑発したときに、丸テーブルの上でひとりで動いたスプーンを、アブドは思い出した。


 ……もう少し、見せてもらおうか。


 「ふむ、それでは、どうかね?ユスフくん」


 アブドは身を起こし、ユスフのほうに向くと、グイっと顔を近づけた。


 「な、なんや、おっさん」

 「闘争本能が駆り立てられる……と言ったね。至極、結構なことだ。君も、あの舞台で、戦ってみたいと思うなら、私が手配しようじゃないか……!」

 「ホンマかいな!」


 ユスフの目が、ギラギラ光る。


 「おい、君」


 アブドが執事を呼んだ。


 「彼のエントリーも、済ませておいてくれ」

 「はっ!」

 「そうだなぁ……では、エキシビションというかたちで、決勝の前に行うとしようじゃないか」

 「はっ!」

 「ちょちょちょ!?アブドはん!?」


 ハウラが慌てて口を挟んだ。


 「いやてか、執事はんも、『はっ!』やなくて!いや、ちょ、あ、アブドはん、なにを……!?」

 「よろしいではないですか、ハウラ隊長」


 アブドが穏やかに、ハウラを説得に入る。


 「男は戦いを通して、相手を知る。そうして、相手を認める生き物なのですよ」

 「はぁ……そんなもんですかぁ」

 「ちょうどよい機会ではないか。きっと、ユスフくんは、そういう性格であろう」

 「いやでも、ウチらはそんなに表立つようなことは……」

 「あはは、それは構わないだろう。……そうだろう?ユスフくん」

 

 ユスフはうんうんとうなずきながら、ライラを見つめている。


 ……めっっっちゃ、戦いたいんやでえええ。


 濃い紫色の瞳が、訴えかけている。


 「……しゃーないなぁ、もう」

 「ぃよっしゃああ!」

 「なんていうか……アブドはん、アンタやっぱ、ものすごい上手いんやなぁ」


 ハウラは苦笑しつつ、ステージを眺めながら、言った。


 「そのうち全部をさらすことになりそうで、怖いですわ、アブドはん」

 「フハハ!それはどういう意味かな?誤解しないでくれたまえよ」

 「……少し、戦況が傾いてきたようやねぇ」


 ステージ中央、均衡が崩れ始めていた。


 オルハンの手数が増えてきている。ナジームサロンの男を押し始めていた。

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