508 フィオナ、ステージを降りて

 ステージへと向けられた歓声が、ナジームの勝利を告げる。


 「フゥ……」


 緊張の糸をほどくように息を吐くと、ナジームは慣れた手つきでサーベルを鞘に納めた。


 「……」


 フィオナが、切られて出血した肩を押さえた。そして、断ち切られ、ステージに転がったレイピアの刃を、見つめた。


 「想像以上に強くて、驚いた。特に、刺突の技術は一級品だな」


 その場で立ち尽くすフィオナに、ナジームが淡々と語りかける。


 「さすが、フェンの見込んだ女だ。俺以外が戦ったら、確実に負けていた」

 「……」

 「今度、俺のサロンに訪れてもらって、ひとつ、刺突の指南をお願いしたいんだが?」

 「……」

 「じゃあな」


 問いかけたものの、返答は待っていないようで、ナジームは自ら脱ぎ捨てたアーマーと白装束を拾うと、後ろ姿でフィオナに手を振り、さっさとステージを降りていった。


 「……フッ」


 フィオナの口元が緩む。


 「完敗よ……」


 欠けたレイピアの刃を拾う。


 少しの間、レイピアの刃を、フィオナは見つめた。


 「あぁ惜しい惜しい惜しい!!」


 ステージ上手脇、ライラが後ろからオルハンの肩を掴んで前後左右に揺らした。


 ――ぐわんぐわん……!


 「ちょ……ライラ揺らすな」

 「マジで運悪い!!一番大事なところで、レイピアの刃が折れちゃうなんて!!」

 「ちょちょちょ……」

 「いや、ナジームの戦術勝ちだよ、ライラ」

 「えっ?」


 手を止め、ライラはフェンを見た。


 フェンが、悔しそうに言った。


 「ナジームは戦いの中で、レイピアの刃の一点を狙いながら、削るように刃を交わしていたんだ」

 「そ、そんな……」

 「もっとも、あのレイピアの刃が折れたときに気づいたから、時すでに遅しだったけど……ちゃんと最初から、地道に勝ちの因を積んでいた」

 「……」


 フィオナがステージから降りてきた。


 「ごめん、みんな。完敗だった」

 「フィオナ、傷は大丈夫か?」

 「ええ。派手に血は出てるように見えるけど、浅いわ」


 フェンに答えると、フィオナは一直線に、ウテナのもとへ。


 「ごめんね、負けちゃった」


 ――ブン、ブン!


 フードを被ったまま、ウテナは大きく首を振る。


 ――ギュッッ。


 そして、フィオナに抱きつく。


 ……やっぱり、まだ、戦わせるのは……。


 「大丈夫だ、安心しろ、フィオナ」


 オルハンが言った。もう、ステージへと続く階段を上り始めている。


 「俺とウテナが控えているんだ。負けねえよ」

 「えっと、あのね、みんな聞いてほしいん……」


 フィオナが、なにか言おうとした。


 「大丈夫です……!」

 「!」


 ウテナが、フィオナに抱きついたまま、言った。


 「あたし、戦います。そのために、来たんですから……!」

 「ウテナ……」


     ※     ※     ※


 「ウソだろマジか~!!」


 ケントが絶叫した。


 「フィオナさんが、負けるなんて……!」


 ミトも、信じられないといった表情で両者のステージの去りゆくのを眺めていた。


 「……」


 マナトは言葉を失っていた。


 ……みんな、ホモ=バトレアンフォーシスなんじゃないの?


 そう思ってしまうくらい、壮絶な戦いだった。

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