499 開会

 左の腕と肩に、深手。特に肩は、全治何週間かかるんだというレベルの傷を、ラクトは負っていた。どうひいき目に見ても、戦うべきではなかった。


 ちなみにその傷を誰につけられたのか、ラクトはなぜか、かたくなに言及を避けていた。


 「えぇ~!!俺、戦う気満々で来たんだけど!!」


 ラクトは包帯ぐるぐる巻きの左腕を振り回して完治をアピールしつつ、喚き始めた。


 ……ホントに完治してるの!?


 マナトはただただ驚いた。ラクトは本当に大丈夫そうだった。


 「か、完治してるなら……」

 「ダメ」


 マナトの言葉をサーシャが遮る。


 「いや大丈夫だってばサーシャ!」

 「ダメ」

 「決勝のステージに立ちてえ立ちてえ立ちてえ~!!」

 「ダメ」

 「つ~かなんでサーシャに止められなきゃいけねえんだよ!」

 「ダメなものはダメなのよ!!」

 「うぉ……!?」

 「安静にしてって医者にも言われたでしょ!!」

 「え……!?」


 急なサーシャの怒鳴り声に、ラクトはビクついた。


 「ど、どうした?サーシャお前、そんなキャラだった……?」

 「あ……」


 サーシャは一瞬、ハッとした表情になると、すぐに落ち着いた様子に戻って、ラクトが振り回してほどけた左腕の包帯を、丁寧につけ直し始めた。


 「……ほら、ほどけちゃったじゃない、包帯」

 「いや、あの、サーシャさん……?」

 「……サーシャでいいから、ラクト」

 「え~っと……」


 サーシャに包帯をつけ直してもらいながら、ラクトが、ミトとマナトを見た。


 「あ、あはは……」


 ……なんにも知らないからなぁ、ラクト。


 思いながら、マナトは苦笑するしかなかった。ミトも苦笑している。


 「……始まるみたいよ」


 サーシャが、ステージを指差した。


 前回と同じ、クセの強めの司会が、ステージに上がり、ゆっくりと歩く。


 ステージの真ん中へ。


 ――ぉおおお……!!


 自然と、どよめきの波が起きる。


 だんだんと、時が満ちてゆく。


 そして、


 「むぃぃ~ぬぁすわぁ~んぬ!!!」


 司会が、両手を目一杯広げた。


 「くぉぉおおれくぁあるぁああぁぁぁああ!!すぁあるぉぉおおんとぅぁあああいくぉぉおお……!!」


 サロン対抗戦、決勝トーナメントの開会を告げる。


 ――わぁあああ~!!!


 どよめきが、大声援に変わる。


 「いやてか、司会、舌巻きすぎだろ!!」

 「ダメだ!!クセが強すぎる!!」

 「もうなに言ってるか分かんねえ!!」

 「あははは!!」


 所どころで野次と笑い声が飛ぶ。


 ――ぁあああ~!!!


 そして野次と笑い声をかき消すほどの、キャラバンの若人わこうどたちの、興奮の声援が響き渡る。


 それは、まさにいま、この国に吹き荒れている、目に見えない恐怖の砂嵐から久々に解き放たれたような、歓喜の声のようでもあった。


 「どぅぁああいぃいっくぁあいすぇえええん!!」


 第一回戦。


 「ふぅううぇええんぬすぁああるぉおお……!!」


 司会の声が終わらないうちに、フェンのサロンが上手かみてステージ脇にスタンバイした。


 「ぬぁぁああじぃぃいいい……!!」


 そして、もう一組。


 ナジームのサロンが、司会の声をほとんど無視して、ステージ下手しもて側に、姿を現した。

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