495 前夜⑩/ジンの挫折:アブドの号令

 「フフっ、そうだな、君の言う通りだ、ユスフくん」


 アブドは苦笑した。


 「この国に、砂嵐が、いよいよ吹き始めているのだ。人間不信という名の、砂嵐が」

 「ジンが起こした砂嵐やな」


 アブドに付け足す形で、ユスフが言った。


 「まさにその通りだ、ユスフくん。私としても、精一杯のスピード感で、事にあたってきたつもりであるが……やはり、ジンの影響は、強い。想像以上だ。だが……」


 アブドは少し溜め、言った。


 「ジンの思惑は、現在、少なくとも、2つ、挫折している」

 「!」

 「ひとつは、ウテナというキャラバンの娘の排除の失敗だ」


 アブドは執事に目配せした。


 「数日前、ラクトというキャラバンの前に、マナトという仲間の姿となって現れたジンが……」


 執事が、一連の事件について説明した。


 「……そして、ジンは、彼に言ったのだ。『今回は負けました』と」


 執事の言葉を引き取る形で、アブドは言った。


 「へぇ」

 「ちなみにラクトとマナトというキャラバンが所属しているのが、そこにいるムハドくんの商隊だ」

 「!」


 ハウラが、ムハドへと視線を向けた。


 「ああ、そうだ」


 ムハドは口を開いた。


 「この国に来てすぐ、ジンが、マナトに化けていることには気がついた。だから、マナトには監視の目をつけはしたんだが」

 「そうせえへんと、ジンが次に行動を起こしたとき、疑われますもんねぇ」


 ハウラの言葉にムハドはうなずいた。


 「てかなんでそのラクトってヤツは気付けへんかったんや」


 ユスフが口を挟んだ。


 「監視の目がついてたんなら、一人でいるのは違和感感じへんのか」

 「そこは、やはりジンが上手かったとしか、言いようがない。ラクトはウテナを心配していた。そこに、つけこまれた。俺も、もう一言か二言、ラクトに言っておけばよかったと、反省している」

 「ふむ。だが……」


 ここで、アブドが再び口を開いた。


 「結果として、彼の存在が、ジンの目論みをくじいた。ウテナという娘の排除を、阻止したのだ」


 アブドの言葉に、ムハドとその仲間たちが、大きくうなずく。


 「……ほんで、もう一つは?」


 ユスフがアブドに聞いた。


 「2つって言ったやろ、アブドはん。ジンの挫折のもうひとつは、なんなん?」

 「ジンは、私の前にも、現れている。そして、私に、なにもしないでただ見ていればよいと言った。……それに、あらがっていることである!」


 《分かりました。あなたの一番大切にされている、野心……奪わせていただきましょうかね……》


 一瞬、アブドの脳裏に、ジンの言葉がよぎった。


 それを振り払うように、アブドは語気を強くした。


 「明日、サロン対抗戰の決勝トーナメントがある。そこで選りすぐったサロンを入れたキャラバンの連合隊で、この国に潜伏しているジンを、倒すのだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る