494 前夜⑨/メロ国内の、ジンの軌跡

 アブドは宿主を呼んだ。


 「皆さま、こちらでございます」


 宿主がやって来て、集まった一行を空いている一室へと案内した。


 大きな寝台が3つあるが、布団などは敷かれていない、広めの部屋。


 そこに、ざっくばらんと、ハウラ商隊、またムハド達が腰かけた。


 「コホン……」


 アブドは立ったまま軽く咳払いし、やがて、皆に話し始めた。


 「……このメロの国で、ジンが明確に活動を開始してから、若干の日が、経ってしまった。刻一刻と、国が蝕まれているといっていいだろう。私もまた、公爵の一人として、国民の一人として、憂いざるをえない」

 「ちなみに国民には、どう伝えとるんです?」


 ハウラがアブドへ聞いた。


 「ジンが潜伏していることは、当然、国民に公表していない。しかし、今回、メロに潜伏しているジンは、ジン=シャイターンという、比較的、積極的に人前に出てくる種なのだ」

 「……んっ?」

 「ええと、ジン=シャイターン……?」


 ハウラやユスフ、また、彼女の商隊のメンバー達が、首をかしげた。


 アブドは執事に目配せした。


 「あの書簡を」

 「はっ!」


 執事が、木片の書簡を持ってきて、ハウラに渡した。


 「こ、これ……!」

 「……ハウラさま?」


 書簡に目を通したハウラが驚いた表情をしているのを見て、ユスフ、また、他のメンバーも、書簡を覗き込んだ。 


 「!」

 「うぉ、ジンの種類が書いとる……!」


 アブドはうなずいた。


 「そこに書いている種の中で、今回潜伏しているジンは、ジン=シャイターン」

 「ジン=シャイターン……」

 「あっ、なるほどこれかいな……」


 書簡を見ながら、ハウラ達は、アブドの話を聞いている。


 「……」


 そんな彼女たちとは対照的に、ムハド達は、至って冷静な感じで、時おり、仲間同士で顔を見合わせながら、成り行きを見守っている。


 「驚きましたわ」


 ハウラが顔を上げた。


 「ジンに関しての研究、進んでますやん」

 「それは、クルール地方のではなく、ウームー地方の書簡だ」

 「あっ、そうなんや」

 「ジン=シャイターンが、いつからこの国に潜伏していたのか……いくつか説はあるが、具体的には分かっていない。だが、私は、比較的、メロに入ってきたのは、最近と考えている」

 「ほう、それは、どういった根拠で?」

 「急に市街地に現れた、ワイルドグリフィンの急襲。それとほぼ同時に、別場所で公爵の一人の娘にジンは接触している。関連性は、高いと考えられる」

 「なるほどなぁ」

 「その後、ジンは徐々に、人前に、露出回数を増やすようになってきた。国民の反応は皆、さまざまではあるが、護衛が襲われたりする中で、実際にその姿を見た者もいる。その数は少ないものの、すでに混乱は、始まってしまっている」

 「あぁ、危ないヤツやん」


 ユスフが言った。


 「そのまましとくと、内乱に突入するで」

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