493 前夜⑧/揃いし役者

 「……」


 ハウラ商隊の皆が、少し緊張気味な顔色に変わる。


 後ろにいる4人、そして、一歩前に立っているムハドを見てだった。


 ……やはり、この男。


 ムハドを見ながら、アブドは思った。


 茶色と赤と白の幾何学的な模様の肩掛けと腰巻きに、その下から黒のインナーを覗かせる、簡易的な、装い。


 また、サロン対抗戦のときもそうだったが、特に、武器を所持している様子はなかった。


 「……」


 その表情は至ってリラックスしているように見え、アブドへ対しても、また、初見であろうハウラ商隊にも、親しげな眼差しを向けている。


 だが、そういった、普通の着物をまとい、普通に振る舞っていても、身に持っている、気品。そして、威厳。


 そういうものが、どこか、ムハドにはあった。


 「あっ!あの2人!」

 「巨木エリアにいたときの!」


 と、ムハドの後ろにいる4人のうちの2人が、ハウラとユスフを指差した。


 「なんだ、知り合いか?ケント、リート」

 「まあ、知り合いというか、なんつ~か」

 「岩石の村の依頼品の納品で移動してたときに、なんか、入国時の血の確認拒否したとかどうとかで、男のほうが護衛と戦ってたっすね」

 「へぇ」


 聞いたムハドは、ハウラに視線を向けた。


 「あら、やっぱイケメン……」

 「……」

 「……い、いや、その、怪しいもんちゃうんです!」


 ハウラが慌ててムハドに言った。


 ムハドは視線を、ハウラからユスフに移した。


 ユスフは無言で、ムハドを睨み返した。


 「……」


 ムハドの気品と威厳に負けまいと、必死に抵抗しているように、アブドには、見えた。


 「フフッ、そんなに警戒しなくても……」


 ムハドは苦笑した。


 「紹介しよう、ギルタブリル地方のキャラバンである、ハウラ商隊である」

 「!」


 アブドが言うと、ムハドは、目を大きく見開いた。


 「マジか、ギルタブリル地方の……」

 「ハウラですぅ!」


 ハウラが身を乗り出してムハドに挨拶した。明らかな好意が見てとれた。


 「へぇ~、ギルタブリル地方って、まだ、行ったことない地方っすね~」


 ムハドの後ろにいる、背の低い赤黒い髪の毛の男は言うと、自分の懐からヤスリブ地図を取り出している。


 「そうね……ここかしら?」

 「たしか、クルール地方からだと、ムシュフ地方を一度経由しないと、いけない土地だよねぇ」


 他のメンバーも、地図を覗き込んで、話をしている。


 そんな中、ムハドは改めて、ユスフのほうに向いた。


 「俺、ムハド。キャラバンだ。よろしくな」

 「……」

 「……ユスフくん。ひとつ、忠告しておこうか」


 アブドは、無言でなにやらムハドのことを詮索しようとしているユスフに、言った。


 「彼は、相手の心を読む眼を持っている」

 「!?」

 「彼に、嘘はつかんことだ。ついても、バレるぞ」

 「な……!」


 ……さて、役者は揃った。

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