491 前夜⑥/アブドとハウラ
「……」
ユスフの少し垂れ気味な離れ目の、濃い紫色の瞳から、殺意が滲み出始めている。
しかし、アブドはお構いなしに続けた。
「いや、君が悪いわけでは、ないのだ。悪いのは、君の周りにいた家族や、友人、先輩など、そういった……」
「おっさん、それ以上言うんやったら、容赦せえへんぞ……!」
威嚇をするようにアブドへ言うと、ユスフは腰を低くした。
――カタカタ……。
……んっ、なんだ?
なにかが、動いている。
――カタカタ……。
「!」
アブドの視線の先にいる、戦闘体制に入っているユスフ……の、すぐ横ある、丸テーブル。その丸テーブルの上にいる、スプーン。
――カタカタ……。
そのスプーンが、テーブルが揺れているわけでもないのに、なぜか、ひとりでに、動いていた。
……これが、ギルタブリルのマナの力か。
アブド思ったその時だった。
――ゴスッ!
後ろから、女性が一人。完全な不意打ちで、ユスフの股間を蹴り上げた。
「あぅ……!」
衝撃で、一瞬だけユスフが宙に浮いた。その後、変な姿勢でヘタヘタと倒れ込んだ。
「はぅ……は……はぅぅ……ハウラさま……それは、アカン……」
ユスフが、ピクピク動きながら、悶えに悶えている。
「だ、大丈夫かね……」
アブドは本当に気の毒になってきた。
「アブド公爵ですよね!?ほんまにすんません。ウチのもんが……!」
ユスフの股間にクリティカルヒットキックをくらわせた女性……ハウラが、アブドへ向けて手を合わせ、しきりと頭を下げた。
「い、いや、構わん構わん」
笑顔ではあるものの、少し慌てて、アブドは言った。
「私のほうこそ、あえて、彼の挑発に乗っただけに過ぎない。むしろ、私のせいで彼が、大変なことに……罪は私にある。いや、誠に申し訳なかった」
「あぁ……寛容な公爵さまで、ほんまによかったですぅ」
ハウラは安心した顔になり、続けた。
「それに、入国時も、このアホのせいでいろいろと根回ししてもらう結果になってしもうたようで……」
「問題ない。この度は、はるばる長旅、ご苦労であった」
「おおきにおおきに……執事さん達も、ほんま、すんません」
「ど、どうも……」
まともに話せる相手がいたことにホッとしたのか、執事たちも安堵の表情を浮かべながら、ハウラに挨拶した。
と、ハウラ、ユスフの他にも、数人、宿主に連れられ降りてきた。
「おらユスフ!はよ起き上がらんかい!」
「いや、今の蹴りは、もう、しばらくは……そっとしておいてあげたまえよ」
「あらま、アブドはん、お優しいんやねぇ」
アブドに、ハウラは親しげな笑顔を向けた。
ネコのようなつり目に、ユスフと同じ濃い紫の瞳は、姉さん的な言動とは別に、少女のような無邪気さが垣間見えた。
また、商人騎士風の黒い装束越しにも、ハッキリとわかるほどに、胸が大きかった。
そして、この国の、誰も……ここにいる執事たちですら、知らない、アブドだけが知っている、この者達の、秘密。
「あっ、ウチ、キャラバンの隊長しております、ハウラです。以後、お見知りおきを……」
ハウラは頭を下げた。
……この者達が、死の商人……キーフォキャラバンか。
アブドは思った。
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