489 前夜④/ガスト

 叫び声をあげた手すりの上の若者の頭が、大きく揺れる。


 「あぁ落ちるぅ!」

 「あっはっは!」

 「はい!からのぉ~!?」


 建物の下にいる若者たちは、そういうパフォーマンスなのだとみているようで、誰も助けようと動くものはいなかった。


 だが、手すりの上の若者は、少し手をバタつけせただけで、傾きが増していくその力に、抵抗しなかった。


 「えっ……」

 「お、おい!」

 「ヤバい助け……!!」


 が、もう、遅かった。


 完全にバランスを崩し、身体のコントロールがきかなくなった若者は、窓の手すりから、投げ出された。


 「うわぁぁ!!」

 「キャァ!!」


 そこいらで悲鳴がとんだ。


 「お、落ちる!!」


 もうダメだと思った何人かが、手で顔を覆った。 


 ――シュルルル……!


 そんな観衆らの足元を縫うように、どこからか放たれた水流が、地面スレスレを駆け抜けた。


 「!?」

 「なっ!?」


 若者たちが目を見張った。


 ――ブヨブヨブヨ……!


 水流は建物のすぐ下、若者たちが立っているところより少し前方で留まり、横に広がったと思うと、


 ――ブヨヨヨヨッ……!


 ゼリー状となった水溜まりが、落ちてきた若者を受け止めた。衝撃で、水溜まりに、若者の身体が深くめり込む。


 ――おぉ~!!


 周りの観衆から、どよめきが起こった。


 「た、助かったぞ!」

 「あぁよかった!」


 ――パシャァァ……!!


 若者を受け止めたゼリー状の水溜まりは、ただの水となって地面に落ちた。


 「あだ……!」


 若者が、軽く尻餅をつく。


 「ガスト無事かぁ~!!」

 「ガストォォオオ!!」


 落ちてきた若者……ガストに、下で見守っていた若者たちは泣きつかんばかりに抱きついた。


 「……」


 ガストは、少しの間、放心状態になっていた。


 「……い、今の水は?」


 しかしその後、我に返ると、辺りを見回した。


 「た、たしかに……」


 若者たちも観衆らに視線を注ぐ。


 「だ、誰が助けてくれたんだ……?」

 「あっちのほうから水流が出てきたような……」


 しかし、周りには、かなりの観衆がいた。ガストが落ちたことによって、安否を心配して集まってきたのもいて、かなりの数になっていた。


 その上、水流は観衆の人混みの中から出てきていた。そのため、観衆たちすらも、どこが発生源なのか、分かっていなかった。


 「……お、オルハン先輩じゃねえか!?」


 若者の一人が言った。


 「オルハン先輩……!」


 ガストが目を輝かした。そしてしきりと、先より増して周りに目を配った。


 「だってよ、さっきのは、マナを取り込んだ水の能力のなせる技だ!間違いねえよ!」

 「……いやでも、いねえぞ?」


 その時、巡回中の護衛が駆けつけた。


 「……あっ!やっぱりガストの連中だな!こらっ!なにやってるんだ!」

 「はっ?なにもしてねえし!」


 護衛と若者たちが口論を始めた。


 護衛が駆けつけたことで、周りの観衆も少しずつ、離散し始めた。


 「……じゃ、いきましょうか」

 「ええ、そうね」


 マナトとサーシャは、ミト達のいる飲み物屋のほうへと歩き始めた。


 「よかったわね、間に合って」


 歩きながら、サーシャがマナトに言った。


 「ちょっと、ギリギリでしたね……最後、尻餅つかせちゃったなぁ」

 「あら、あのバカにお灸を据えたのかなって、思ったけど」

 「あはは……そんなことしないですよ」


 やがて2人は、ミト達と合流した。

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