488 前夜③/若者たち

 その建物から、酒のにおいが漂ってくる。


 「おい!俺に触れるんじゃねえ!」


 建物の2階の中から複数の声が聞こえたと思うと、手すりの上の若者は、顔だけ傾け、大声で叫んだ。


 「誰も俺に近づくなよ!ぜったいだぞ!」

 「そうだそうだ!」


 また、建物のすぐ前では、仲間と思われる10人弱の若者たちが、やんややんやと騒いでいる。


 「ジャマすんじゃねえ!そっちのがかえってあぶねえぞ!」

 「ぜったい、手すりは持っちゃダメだからな!」

 「よし酒だ!酒を投げろ!」


 すると、若者の一人が、酒の入った小樽を、手すりの上の若者に投げ渡した。


 「いいか!」


 手すりの上の若者は、宣誓するように、小樽をかざしながら言った。


 「俺はこれから、この小樽の中の酒をイッキに飲み干した後、60秒間、この手すりに立ち続けてやる!」

 「よし!銀貨5枚!」

 「10枚!」

 「景気よくいくぜ!25枚!!」


 下にいる若者たちが口々に叫ぶ。


 「賭け事してるみたいだね」

 ミトが言った。


 「ふ~ん」

 「やれやれですわね」

 「……あっ!あそこのジュース屋さん、美味しそう~!」

 「ホントだ!」


 ニナ、ミト、召し使いの3人は背を向けて、飲み物屋に行ってしまった。


 「なんだろ……大学の飲みサーの、悪ノリの果てのような……」

 「……ふふっ、どの世界も、バカみたいなのは、いるって、ことよね」


 マナトが言うと、サーシャも苦笑しながら、皮肉混じりに言った。


 「すでに、だいぶデキあがってますよね、あれ」

 「ええ。酒のにおいが、ここまで漂ってくるもの」

 「う~ん、大丈夫かなぁ」

 「心配してもしょうがないでしょ」


 やがて、下にいる若者たちが、音頭を取り出した。


 「イッキ!」

 「イッキ!」

 「イッキ!イッキ!」


 音頭の後押しを受け、手すりの上に立ったまま、小樽に注がれた酒を、若者は勢いよく飲み始めた。


 ――ゴクゴクゴク……!


 下からも、喉元の動きから、酒が喉を通っているのがよく分かる。


 ――ゴクゴクゴク……!


 「……」


 音頭は止んでいた。


 下の若者たちが、固唾を飲んで、見守っている。


 「……ぶぅはぅぁああ!!」


 若者が、小樽を口から離した。


 そして、小樽を突き出し、逆さまにした。酒を飲みきったことのアピール。


 「……空っぽだ!!」

 「ぜんぶ、飲みやがった!!」

 「よし数えろ!!」

 「イ~チ!!」

 「ニ~!!」

 「サ~ン!!」


 若者たちが、叫びながら数えてゆく。


 手すりの上……若者の顔は少し悪く、頬の少し上は完全に赤くなっている。


 「おぉ……!」

 「立ち続けてるぞ!」


 周りに集まった、他の野次馬も、口々に言い始めた。


 「サ~ンジュ~ク!!」

 「ヨンジュ~ウ!!」


 若者たちが数え続ける。


 「……」


 若者の首が、座らなくなってきた。


 「危ない!」

 「……いや、踏みとどまってる!」


 しかし、よろめかける身体を、膝を少し曲げたりしてバランスを取りながら、なんとか立ち続けている。


 「ゴジュウハ~チ!!」

 「ゴジュウク~!!」

 「……ロクジュ~!!」


 若者たちの声が、一瞬、止む。


 「おぉ……!」

 「すげぇ!!」

 「立ってる!!立ってるぞ!!」

 「負けた負けた!!気持ちよく負けた!!」

 「持ってけこのヤロウ!!」


 その時、手すりの上の若者が叫んだ。


 「おら!!ジン!!こんなマネが、お前にもできるのかぁ!?俺は、お前を許さねえ!!俺は!!俺はぁぁ……!」


 ――フラッ……。


 「!」


 サーシャが、反射的に動こうとした。


 ――パシッ!


 「大丈夫」

 「!」


 ――シュルル……!

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