484 アブド、舌戦⑤

 「そんなこと……!!」


 外交担当の公爵が、アブドに言い返しかけた。しかし、言葉が続かない。


 「……」


 周りの野次も、飛んでこない。


 アブドは畳み掛けた。


 「クサリク文書についても、当然、私の耳にも入っていた。しかし私は思った。こんな消極的な、戦う前から白旗をあげるような、脆弱な選択など、下の下策ではないか!」

 「……」

 「提案すること自体が、恥というもの!私には、そんな真似、とてもではないができないのであります!だから、なにも言わなかったにすぎない!」

 「……」

 「あなたの根っこあるのは、一身の安穏を思うあまり、ジンに民を売って、その安穏を一日でも伸ばそうとする姿だ。その卑劣さと惰性と弱さ……国賊と呼ばずしてなんと呼ぶか!!」

 「……」


 ふらふらと、外交担当の公爵が、イスに腰を下ろしてしまった。立っていられなくなったようだ。


 「……」


 周りの公爵たちも、アブドに反論の声をあげる者はおらず、胸がふさがってしまったように、皆、下を向いてしまっている。


 「……アブド公爵」


 ここで、顔を上げ、口を開いた者がいた。途中から、腕を組んで目を閉じていた、国防担当の公爵だった。


 「ここにいる公爵の中で、唯一、実際にジンが目の前に姿を現したのが、アブド公爵であったな?」

 「しかり」

 「そして、なにもするなと、ただ見ていれば、よい、と」


 アブドはうなずいた。


 「アブド公爵は、ジンとは、なにと考えておるのだ?」

 「人類の、生の歩みを、妨害するものである」

 「公爵は、ジンが、怖くないのか?」

 「……」


 アブドは一瞬、口をつぐんだ。


 「怖い……が、いまは、もう、恐れません。恐れている時は、もう、終わったのです」

 「終わった、ですか」

 「そうです」


 アブドは力強く言った。


 「ここで、人類の、新たな歴史をつくる。まだ誰も、踏み入れたことのない領域……人間が、明確に、ジンに打ち勝つその歴史を、ここでつくるのです……!」

 「……」


 周りの公爵たちが、顔を上げた。


 「ふむ……では、アブド公爵よ」


 ここで、灰色のクーフィーヤの公爵が言った。


 「ジンと、戦うのだな?」

 「はい」

 「どうやって戦うのだ?」

 「……」

 「理想なら、いくらでも言えるだろう。しかし、あるのかね?ジンに対抗する策が」

 「……その可能性を持つ者たちが、現在、このメロに入ってきております」

 「ほう、その者たちとは?」

 「ギルタブリル地方の、能力者。また、現在、このメロには、戦力になる者たちが、集結しているようです。その者たちの力も、借りることになるでしょう」


 アブドが周りの公爵に視線を注ぐ。


 「私なりに、準備は進めております。……しかし、当然、私一人が抗ったところで、勝ち目はないでしょう」

 「……」


 強い意志を持ったアブドの瞳が、公爵らに訴えかける。


 「まず、ここの公爵たちが変わらねば、そして、ここにいる全員で力を合わせなければ、ジンに打ち勝つことは、絶対にできない……!」

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