482 アブド、舌戦③/反転攻勢のひと言

 「クサリク文書に従うしか、あるまい」

 「それが、上策であろう」


 次第に……いや、最初からこのような流れになっていることが決まっていたかのように、意見交換はクサリク文書の踏襲とうしゅうの方向へと傾いてゆく。


 「そのウテナというキャラバンに、意志はあるのかね?」

 「それは……」

 「……」


 灰色のクーフィーヤの公爵が意見すると、皆が押し黙った。


 「……」


 アブドはチラッと、灰色のクーフィーヤの公爵を見た。


 「フン」


 灰色のクーフィーヤの公爵はアブドに気づくと、面白くもなさそうな表情で、鼻を鳴らした。


 「すみません、さらに追加で言わせてください」


 外交担当の公爵が、クサリク文書をテーブルの中央に置き戻し、言った。


 「あくまでクサリク文書では、英雄は自害となっておりますが、外交ルートで手に入れた別の報告書によると、その決定となる裏付けは、なさそうなのです」

 「……!?」

 「英雄と呼ばれた男の自害は、つくり話……!?」

 「では、つまり、その英雄の男は……!」

 「……いえ、名言されてはいません。しかし、その可能性は高いということです。……でも、分かるでしょう?皆さん」


 外交担当の公爵が、他の公爵らを見回した。


 「国を背負っているのは、我々も、クサリクのその一国も、同じ。……背に腹は変えられないでしょう」

 「……そうだ」

 「その通り」

 「そして、事が済んだあかつきには、そのウテナというキャラバンが、国を救った英雄として、この国の栄誉と名誉を、与えればよいでしょう」

 「たしかに」

 「それでいい」

 「そのための、栄誉であり、名誉でありましょう」

 「……アブド公爵」


 いつもアブドに突っかかる役目のような灰色のクーフィーヤの公爵が、いまばかりは、落ち着いた声で、アブドに語りかけた。


 「黙っていないで、少しは、発言したら、どうかね?」

 「……」


 アブドは、一度、顔を上げて、天井を仰いで、目を閉じた。


 そして、顔を下げ、目を開けて、落ち着いた口調で話し始めた。


 「……思い返せば、今日も、この中央会議に参列する前、馬車から降りて、道行く若者たちと触れ合ったのでございます」

 「……?」


 他の公爵たちは、無言で顔を見合わせた。アブドの発言の意図が、いまいち分からないでいた。


 「ジンに対して、彼らは恐怖や不安など、まったく感じている様子がなく、好奇心と刺激が勝っていた。……なんと命知らずで、のんきで、それでいて、不敵な精神でしょうか」


 すると、アブドはテーブル中央に置いてある、クサリク文書の紙をつまみ取った。


 そして、言った。


 「なるほど、クサリク文書に記されている記述は結構なものだ……が、それが、なんだというのですか……」


 ――ビリビリビリ……!


 アブドはクサリク文書の紙を破いてしまった。


 「あ……」

 「え……」


 他の公爵たちが、唖然として、アブドに視線を注ぐ。


 すると、アブドが、公爵ら全員、一人ずつに、視線を返した。


 「いったいいつから、この国は、こんな腰抜けばかりが運営する国に成り下がってしまったのですか……!」


 静かな中にも、針を指すような皮肉が込められた辛辣な言葉を、アブドは放った。

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