481 アブド、舌戦②/外交担当の公爵
国防担当の公爵は、周りを見渡した。
「……なるほど」
そして、もう一度、言った。他の公爵たちの反応を見て、このクサリク文書が出回っていたことを察したようだった。
「ふむ、まあ君も、ここ最近は、護衛が頻繁に動き回って、なにかと忙しい身であったからな」
「……」
灰色のクーフィーヤの公爵に言われると、国防担当の公爵は腕を組み、無言のまま、目を閉じてしまった。
「しかし、やはりいま、国防担当も言われた通り……」
やがて、意見交換が始まった。
「クサリク文書にある記述……まさに、現在、メロが直面している局面に酷似しているのは、間違いなかろう」
「うむ」
「そうだ」
一人の発言に対し、他の公爵たちが、相づちのように同調する。
すると、また別の、外交担当の公爵が立ち上がった。
テーブルの中央に置かれているクサリク文書を手に取り、少し読むと、クサリク文書を持ったまま、言った。
「なにより、この、クサリク文書で特筆すべきは、被害者がいないという点だと思いますが、皆さん、いかがでしょうか」
「うむ」
「そうだ」
「間違いない」
「いや、一人、いるだろう」
灰色のクーフィーヤの公爵が、口を挟んだ。
「失礼。一人、おります。おりますが……」
クサリク文書を手に取った外交担当の公爵は訂正したが、発言を続けた。
「その、英雄と呼ばれた男以外に、被害は、出ていないのです。つまり、国民への被害が、ないんです」
「ふむ」
「ここにいる博学な皆さまなら、言う必要すら、ないでしょうが……古来より、村や国におけるジンの襲撃というものは、信じられないほどの犠牲が出ているものが、ほとんどです」
「うむ」
「クルール地方は幸い、長い間、どの国も、その憂き目に遭うことはなかったが……」
ここで、外交担当の公爵は、着ている装束のポケットから、数枚の紙を取り出した。
「これは、つい先日、ムシュマ地方にある友好国より届いた報告書です。ここでは、ムシュマ地方のとある小国が、ジンの襲撃により、実に国民全体の1割が命を落としたと記述されている。しかも、その中には、残念なことに、まだ幼い子供まで、犠牲になった……」
「なんと……」
「そんなことが……」
「ムシュマでも起きていたとは……」
少し、ざわつく。
声が止み、外交担当の公爵が続ける。
「この国で、ジンは、暴れるだけ暴れて、塵となって消えていった……と」
「……」
「……また、こんな報告もあります。少し前になりますが、ラハムのとある村が、ジンの襲撃に遭った。しかし、住民の中に強い者がいて、犠牲を払いはしたものの、追い返すことに成功した」
「おぉ」
「やるではないか」
「しかし、ここからです」
「というと?」
「ジンとの交戦で、その村の土地が、ダメになってしまった。ジンによって、肥沃な土壌が破壊されてしまった」
「なんと……」
「村人たちは、その土地を離れる以外、選択肢が、なくなってしまった。村人みんなが、流浪の民となってしまった」
「それは……」
「そんなことが、このメロの国で起きたら……」
公爵たちが口々に言う。
「被害が拡大しないうちに……」
「やはり、クサリク文書に……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます