480 アブド、舌戦①/クサリク文書

 「待たれよ」


 公爵の一人が立ち上がり、腰を下ろしたアブドに言った。


 「意見交換の前に、アブド公爵、もうひとつ、諜報員の調査報告で、大事な案件を、言い忘れているのではないか」

 「……と、いいますと?」


 座ったまま、アブドは笑みを含みながら、返した。


 「しらばっくれるでないぞ、アブド公爵。ここは、中央会議だ。あなたの耳にも、届いていないはずがない」


 語気こそ平然としているが、その公爵は、確実にアブドを責めたてている。


 ジンに抗うか、否か。


 公の場では、どの公爵も、まだ明確に公表していない。


 しかし、水面下では、当然ながら、それぞれ情報収集していて、どの公爵が、どういう意思を持っているかを把握した上で、皆、この会議の場に臨んでいた。


 明らかに、ジンに対して抗戦派のアブドを意識している。


 「……ふむ、なんのことか?」


 それでも、アブドはしらをきった。


 「なんだと……この若造がよくも……!」

 「もうよい、やめたまえ」


 灰色のクーフィーヤの……前の緊急会議で、アブドに一杯くわされた公爵が、立ち上がった公爵を制した。


 前と違って、非常に落ち着いている口調で言う。


 「アブド公爵は、あくまで、ムスタファくんの代理だ。その上、ここ最近は、ワイルドグリフィンにおける後始末や、キャラバンサロンの大会の運営やらに追われる日々であったことだろう」

 「……」


 こういう時に、妙な気遣い……というよりも、さっさと確信に迫るための発言に、アブドには見えた。


 「アブド公爵は、本当に知らぬのであろう……この存在を」


 灰色のクーフィーヤの公爵が、ペラ一枚の紙を放った。


 ――ヒラ……。


 その紙が、ちょうど、公爵たちが囲う長テーブルの中央で、落ちる。


 皆、身を乗り出して、紙を眺める。


 「クサリク文書。その中の、とある国のジン対策が記されたものだ。ちなみにそれは、原本ではない。私の部下に、模写させたものだ」

 「……」


 アブドは黙って、その紙を眺めていた。


 「これは、なんの書であるか?」


 先にアブドと合掌し合った、国防を担う公爵が、尋ねた。どうやら、この文書を知らなかったようだった。


 「クサリク地方の、メロと同じくらいの大国に現れたジンに関わる一連の事件が、ここに記されている」

 「ほう」

 「『国の救済』を唱えるジン。その国で英雄と呼ばれた男に化け……」


 灰色のクーフィーヤの公爵が、クサリク文書について、説明してゆく。


 「たちまち、国は混乱のるつぼと化した」

 「なんと……メロでいま起こっているのと同じような事件でありますな……!」

 「だが、ジンは姿を消すこととなる」

 「んっ!それは、どうして?」

 「その英雄と呼ばれた男が、自害したのだ」

 「……」

 「その英雄と呼ばれた男の犠牲をもって、ジンは『我が救済は成った』と、国民の前から消えたという」

 「……なるほど」

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