477 見つめられて/記憶、重ねて

 「あ……」

 「さっきも、あまり、食事に手をつけてなかったし、どこか、具合が悪いんじゃないかって……」

 「あぁ……」


 ……それを察して、食事中に。

 ルナは思った。


 マナトのさりげない、心遣い。気をつけないと、その優しさに気づけない。


 「……マナ焼けって、ご存じですか?」

 「マナ焼け?いえ……」

 「マナは、取り込めない人にとっては、身体を蝕む毒のようなものなんです」

 「……そうだったんですか」

 「……それでも、」


 ルナの声は、いつの間にか、震えていた。


 「諦められなくて……」

 「……」


 しゃがんでいたマナトは立ち上がった。


 ヒュゥゥ……。


 まだ温かさの残る風が吹いて、マナトのターバンのリボンを揺らす。


 「ルナさん」


 マナトが少し、ターバンを上げた。


 ……あっ。


 前に比べて、その黒い瞳に宿っていた、微かな憂いの滲む切ない光が、少なくなってきているような、気がした。


 そして、その分、優しさの光が、強くなっている気がする。


 ……あぁ……。


 その瞳に、吸い込まれる。


 《ホント、今のこの時間が、ずっと、続けば……》


 「……」

 「……る、ルナさん?」

 「はっ!」


 いつの間にか閉じていた目を、開く。ほぼゼロ距離に、マナトの顔が。


 ルナの顔は真っ赤になった。


 「ご、ごめんなさい!」

 「い、いえ。……ルナさん、覚えてますか?」

 「……へっ?」


 マナトはまた、歩き出した。ルナもぴったりと寄り添う。


 「アクス王国での帰路で寄った西のサライでの、夜のことなんですけど……」

 「!!」


 ――ドキッ!!


 「い、いや、あの時は……!」


 ……意識、あったの!?


 ルナは焦りを隠せない。


 「いや、その、どうしても、別れの挨拶ができないのが残念というか、やっぱりちょっと、旅先では気持ちが開放的になるっていうか、なんていうか、勢いというか、その……!」

 「あっ、いや、えっ?なんの話ですか?」

 「……えっ?だって、マナトさん、夜中に、回廊と中庭の出入り口付近で倒れてて……」

 「!!」


 マナトは立ち止まった。


 「ま、マナトさん?」

 「やっぱり、そうだったんだ……夢じゃなかったって、ことなのか……!?」

 「あ、あの?」

 「僕、途中で、あの西のサライで、ジンと、遭遇してるんです」

 「……えっ!?」

 「……えっと、ジン=グールが、僕の前に現れたんです。そして、ジンが言ったんです。『僕のものになってよ』って」

 「『僕のものに』……そんなのダメですよ!」

 「あはは……でも、まさに、その時でした」


 ――シュルル……。


 マナトの水壷から、水流が流れ出る。右の手の平の上で、輪っかをつくってくるくる回る。


 「水流が、どこからか、流れてきた。そして、僕を、守ってくれたんです」

 「水流が……?」

 「その水流は、僕には、操ることが、できなかった」

 「……」

 「ルナさんたち、あの時、さっさと寝たんですよね?朝早いから」

 「あっ、はい……」

 「僕は、あの水流を操っていたのが、ルナさん以外、考えられないんです」

 「……」


 マナトが微笑みながら、ルナを見つめる。


 「大丈夫。きっと、大丈夫ですよ、ルナさん」

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