475 十の生命の扉の彫刻の、前で

 魔方陣のような、幾何学的な模様の床の上に向かい合う、アーチ状の6つの扉。


 その中央、降り立つように象られた、一人の女性……ティア。


 6つの扉のうち、アーチの上に腰かけた、ティアを見上げ、微笑む小さな天使の像の座っている扉の先には、階段。


 階段は、ティアの周りを周りながらのらせん階段で、上っていくとたどり着く、7つ目の扉。さらに上り続けると、8、9の扉。


 ティアの正面、胸元まで続く階段の最後には、10番目の扉。


 「素敵な彫刻……」


 マナトの隣で彫刻を見つめているルナがつぶやいた。


 「……シュミット殿」


 ムスタファが口を開いた。


 「真ん中にいるのは、原初の母、ティア、ということですか」

 「はい」


 シュミットがうなずいた。


 「6つの生命の扉に、ティアが降り立つとき、扉は、7つ目へと、続いてゆくことに、なると?」

 「はい」

 「ティアは、いわゆる、象徴ですか?」

 「そうですね。象徴であり、記号でもあるといった、感じです」

 「なるほど」


 納得した様子で、ムスタファはうなずいた。


 ……なにが、なるほど、なんでしょうか……。

 マナトは思った。


 「シュミット殿」


 ムスタファが言葉を次いだ。


 「自らの手で、自らの六つの生命の扉に、ティアを降ろすことはできるのであろうか?」

 「それは……残念ながら、分かりません」


 シュミットが言う。


 「マナを取り込むことのできた者たちは皆、なぜ取り込むことができたのか、自らは分かっておらず、無自覚です。能力者たちに直接聞いても、具体的な答えは、出てくることは、ないでしょう」

 「やはり……」

 「しかし、一つ、先天的か後天的という問題で言えば、この現象が起こるのは、後天的なものだと思うのです」

 「ほう」

 「自我の芽生えに似ている。自我が芽生えるとき、心と身体に大きな変化があるように……」

 「十の生命の扉に、なにかしら大きな変化がある、ということですか」

 「はい」

 「分かりました。……シュミット殿、ありがとうございます」


 ――ガシッ。


 ムスタファとシュミットが、強く、握手した。


 召し使いがほっとして、柔らかな表情をサーシャに向けた。サーシャがうなずく。


 リート、ケント、ミトも笑顔で顔を見合わせた。


 「ルナ」


 握手の後、ムスタファは言った。


 「このヤスリブに生きる人間に、必ず備わっているといわれている六つの生命の扉。その先にあると言われる、7つ目以降の扉……この彫刻のように、十まで続いているならば、ルナ、お前にも、必ず、備わっているはずだ」

 「はい」

 「どうやら兄妹たちは、お前の身を案じて、マナを取り込むことに否定的なようだが、私は、止めはしない」

 「……」

 「自分が思うように、やってみなさい」

 「……ありがとう、お父さま」


 ……あぁ、そっか、そうなんだ。ルナさん、まだ……。

 マナトは気づいた。


 「……」


 改めて、マナトは彫刻を見上げた。


 台座の上から、微かに微笑むティアのその、虚構の瞳が、皆を見下ろしていた。


     ※     ※     ※


 ムスタファの計らいで、一行は別室にて、食事のおもてなしを受けていた。


 「うんめぇ~!」

 「っすね~!」


 大理石の長テーブルの上、振る舞われた料理を、リートとケントが、ガツガツ食べている。


 「ウフフ、よかったです」

 ルナは微笑んだ。


 「よいしょっと……」


 向かいに座るマナトが、立ち上がった。


 ルナのもとへ。


 「ルナさん、ちょっと、お話しませんか?」

 「は、はい!」

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